コカ・コーラパーク攻略 情報&雑談掲示板


日本全国綾鷹WEB試験

1:kuma(管理人) :

2012/04/30 (Mon) 04:38:17

host:*.bbtec.net
今日の4月30日で、第一回の妻籠宿までの道のりが終了します。
第一回プレゼントの応募期間は今日が締切です。
お忘れなく!

そして、おそらくは、
明日(5月1日)から第二回の「軽井沢宿までの道のり」がスタートすると思われます。

新クイズについては、
切り替わるのか、追加になるのか、わかりません…。

攻略ページについては、
既存ページに追加のかたちで対応する予定ではあります。

綾鷹試験のお陰で、綾鷹についてとても詳しくなりました^^;
しかしながら、私の地方では綾鷹が売っていません(茶織が売っています)
2:kuma(管理人) :

2012/05/01 (Tue) 00:41:29

host:*.bbtec.net
追加しました。
ミスや漏れがあればおしえてください。

※随時更新します
3:kuma(管理人) :

2012/06/01 (Fri) 00:55:43

host:*.bbtec.net
綾鷹、日本橋までの道のりが今日6月1日からスタートしました。
ひととおりクイズ解き終わりましたが、新出の問題はありませんでした。
もし、見つけたら、教えてください!
4:mukurozi :

2012/06/01 (Fri) 01:45:05

host:*.dion.ne.jp
徳川家康が贈った茶銘で、上林家にのみ使用が許されている「祖母昔」の読み方は

✕そぼむかし   〇ばばむかし

 徳川家康が上林家に贈った茶銘「祖母昔(ばばむかし)」は、上林家だけに使用が許された、由緒ある茶銘です。400年以上経った今も、大切に守り伝えられており、上林春松本店にはその名を冠した抹茶が今も残っています。
5:mukurozi :

2012/06/01 (Fri) 01:51:32

host:*.dion.ne.jp
戦国時代初期、宇治茶は主にどういった人たちの間で愛飲されていたでしょうか

 〇将軍家や大名家などの上流階級    ✕庶民


戦国時代初期、宇治では、茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)で覆う覆下栽培が盛んに行われており、覆下栽培で作られた碾茶(てんちゃ)は、抹茶の原料として将軍家や大名家などの上流階級の間で愛飲されていました。
6:mukurozi :

2012/06/01 (Fri) 01:54:20

host:*.dion.ne.jp
戦国時代初期、「天下一のお茶」として、その地位を不動のものとしていたのはどこのお茶でしょうか?

  ✕静岡    〇宇治


戦国時代初期には、宇治はお茶の産地としての地歩を固め「天下一のお茶」と呼ばれていました。当時、宇治で盛んに行われていた覆下栽培で生産された宇治のお茶は、将軍家や大名家などの上流階級の間で大層な人気を誇り愛飲されていました
7:mukurozi :

2012/06/01 (Fri) 01:59:13

host:*.dion.ne.jp
江戸時代に幕府が上林家に任命した、宇治を管轄する役職は何だったでしょうか

  〇代官     ✕奉行


上林家は、徳川幕府直轄の天領である宇治を管轄する代官を務め、幕府の年貢の収納を預かるなどの重要な任務を代々受け継いでいきました。
8:mukurozi :

2012/06/01 (Fri) 02:06:18

host:*.dion.ne.jp
初代上林春松の弟・上林竹庵(ちくあん)が、宇治で茶道を志した際に教えを受けていた人物は?

✕古田織部     〇千利休


  上林竹庵は、仕官の道を選び徳川家康に仕えており、三河の知行権を与えられていました。その後宇治に戻った上林竹庵は茶道を志し、利休から教えを受けていました
9:mukurozi :

2012/06/01 (Fri) 02:11:25

host:*.dion.ne.jp
元文3年に煎茶の新製法を考案した永谷宗円が、その新しい煎茶の販売を依頼した人物とはだれでしょうか

   ✕石川嘉兵衛      〇山本嘉兵衛


永谷宗円は、新しい製法による煎茶を携えて江戸へ向かい、江戸日本橋の茶商であり、「山本山」の創業者・山本嘉兵衛(かへい)に販売を依頼しました。嘉兵衛はその香味を絶賛し、「天下一」の茶銘で大々的に売り出して好評を博します。
10:kuma(管理人) :

2012/06/01 (Fri) 02:48:01

host:*.bbtec.net
追加問題いっぱいありますねー。
kumaも、もう1回挑戦してみます。
11:kuma(管理人) :

2012/06/01 (Fri) 03:38:55

host:*.bbtec.net
更新しました。
しばらくクイズで遊んで、見つけた28問を追加しました。
もしかしたら全部で30問かもしれません。
12:mukurozi :

2012/06/01 (Fri) 09:51:28

host:*.dion.ne.jp
茶葉を仕入れ、一般の人々に販売する職務に携わる人たちを何と呼ぶでしょうか?

✕茶師    〇茶商


茶葉を仕入れて一般の人々に販売するのが茶商の仕事です。一方、茶師とは、茶葉(荒茶)を組み合わせてより美味しいお茶に仕上げることを仕事としており、江戸時代には、碾茶(てんちゃ)の製造家のことを指しました。上林家は宇治の有力茶師として、将軍家に納めるお茶を代々作っていました。
13:kuma(管理人) :

2012/06/01 (Fri) 10:35:52

host:*.bbtec.net
>12

追加しました。
14:mukurozi :

2012/06/01 (Fri) 20:05:13

host:*.dion.ne.jp
急須でいれたような味わいを楽しんでいただくためにコカ・コーラ社が推奨している綾鷹の飲み方はどちらでしょうか?

✕振らずにそのまま飲む    〇振ってから飲む

急須でいれたような味わいを楽しんでいただくためにコカ・コーラ社が推奨している綾鷹の飲み方はどちらでしょうか?

 〇振ってから飲む      ✕振らずにそのまま飲む


綾鷹の味わいをより楽しんでいただくために、飲む前にペットボトルを振ってからお飲みいただくことを推奨しています。振ることで、にごりのもとである抹茶がひろがり、緑茶本来のふくよかな旨み・香りをお楽しみいただけます。綾鷹の作法のページもご覧下さい。


私が回答した上記いずれの場合も、答えは「振ってから飲む」が正解でした。
恐れ入りますが、一度ご確認頂けないでしょうか。宜しくお願い致します
15:kuma(管理人) :

2012/06/01 (Fri) 20:54:24

host:*.bbtec.net
>14
私のミスです。すみません。
修正しました。ご指摘ありがとうございます。
16:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 00:30:23

host:*.dion.ne.jp
寛永10年(1633年)頃から毎年行われるようになった、抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)を宇治から江戸に運ぶ行列は何でしょうか?

✕大名行列     ◎御茶壺道中

*御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)とは、幕府が朝廷に献上するためのお茶や将軍家が使用するためのお茶を、宇治から取り寄せる際に行われた行列のことです。宇治の有力茶師として将軍家から厚い信頼を得ていた上林家は、その御茶壷道中を取り仕切る重要な役割である、茶頭取(ちゃとうどり)に任命されていました。

17:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 00:34:30

host:*.dion.ne.jp
お茶の輸出が積極的に行われるきっかけになった、嘉永6年(1853年)の出来事は何でしょうか?

  ◎:黒船来航    ✕:ジョン万次郎の帰国


嘉永6年(1853年)、ペリー長官が率いるアメリカ東インド艦隊が浦賀に来航しました。その5年後の安政5年(1858年)には、日本はアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダと通商条約である「安政五カ国条約」を結びました。翌年の安政6年(1859年)から、日本のお茶は重要な輸出品として海を渡り、世界に広がっていきました。
18:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 00:38:23

host:*.dion.ne.jp
江戸時代、新茶の時期に宇治から江戸へ茶葉を運ぶ「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」の、総責任者である「茶頭取(ちゃとうどり)」に任命されていた茶師の家の名前は?

     ◎:上林家      ✕:森家


上林家は、幕府に仕える最高位の茶師「御物御茶師(ごもつおちゃし)」でした。上林家は、将軍家が使用するためのお茶を、宇治から江戸へと運ぶ「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」の総責任者である「茶頭取(ちゃとうどり)」として、権威ある御茶壷道中を取り仕切っていました。
19:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 00:43:16

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幕末期、長崎で生まれ、お茶の貿易で成功した女性はどちらでしょうか?

    ◎:大浦慶    ✕:樽崎龍


大浦慶は、江戸期の鎖国政策の中、唯一開港していた長崎で生まれました。家業の商家を継いだ慶は、安政3年(1856年)、イギリスの商人から巨額のお茶の発注を受け、慶はこれに対して、1万斤(約6トン)ものお茶を九州一円の茶産地をまわって集め、輸出しました。このようにして日本茶の輸出貿易で成功を収めた慶は一躍有名になりました。また、坂本龍馬や大隈重信といった維新志士たちとも、親交が深かったと言われています。
20:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 00:50:45

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「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」で取引されていたお茶は大変貴重なものでした。当時、お茶壷ひとつがどれくらいの価値だったと言われているでしょうか?

     ✕:小判1枚      ◎:大判1枚


江戸時代、宇治茶はたいへん貴重なものであり、御茶壷道中で運ばれていた茶壷の中には、一壷で大判1枚の価値に相当するものもあったと伝えられています。壷にはまず、緩衝材としての碾茶(てんちゃ)が敷き詰められ、その中に将軍家が使用する碾茶(てんちゃ)を、半袋(はんたい)と呼ばれる白い袋に詰めて入れました。そして茶壷の蓋の裏に、その茶壷に収められている茶葉の銘柄や分量を記した「入り日記」を貼り付け、厳重に封をされたと伝えられています。
21:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 00:54:23

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明治時代、お茶の輸出拠点として指定された静岡の港はどちらでしょうか?

   ✕:焼津港      ◎:清水港


静岡の清水港は、明治32年(1899年)に、外国との貿易に使用される港に指定されました。清水には、お茶の貿易を行う外国商社の拠点が数多く置かれるようになり、お茶の主要輸出港として栄えます。清水港がお茶の輸出拠点となったことにより、静岡でのお茶産業も発展し、お茶生産の中心地が宇治から静岡に移ることになります。
22:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 00:56:53

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TVCM「綾鷹 茶葉認定式篇」にも登場する、茶師が茶葉を審査する際に茶葉を乗せる「拝見盆(はいけんぼん)」はどちらでしょうか?

    ✕: 壱         ◎: 弐


「拝見盆」とは茶葉を審査する際に使用する黒いお盆の呼称です。茶葉を確認する際に、茶葉ごとの色のちがいを見極めるため、黒いお盆が使われます。
23:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:02:29

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宇治から江戸に茶葉を運ぶ「御茶壺道中(おちゃつぼどうちゅう)」の様子を歌ったといわれているわらべ歌は、どちらでしょうか?

   ◎:ずいずいずっころばし       ✕:通りゃんせ


「ずいずいずっころばし」は、御茶壺道中の様子を歌ったわらべ歌です。「茶壺に追われてトッ(戸を)ピンシャン、抜けたら(通過したら)ドンドコショ(やれやれ、と息をつく)」と歌われているように、庶民は御茶壷道中を顔をあげて見ることすら許されず、通りすぎるのを恐る恐る息を潜めて待っていたようです。当時の庶民が、いかに御茶壺道中に対して畏怖の念を抱いていたかを読み取ることができます。
24:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:05:04

host:*.dion.ne.jp
幕末から明治にかけての侠客として知られる、静岡の清水港の発展に寄与した人物は誰でしょうか?

     ◎:清水次郎長    ✕:国定忠治


清水次郎長は、幕末・明治の侠客(きょうかく)として知られる人物ですが、清水港から海外に向けて茶の販路拡大を提案するなどして、清水港の発展に寄与しました。また富士裾野の荒野を開墾する事業をおこし、茶園の造成も手がけました。
25:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:07:25

host:*.dion.ne.jp
綾鷹の茶葉の監修を行っている「上林春松本店」では、「上林春松」の名を代々引き継ぎ、宇治の茶文化を守り続けています。では、現在の上林春松氏は何代目でしょうか?

    ◎:第十四代       ✕:第十六代


現在の上林春松本店の会長である上林春松氏は、室町時代の創業から数え、第十四代目にあたります。「上林春松」という名前は、創業から450年のあいだ、代々の子孫に引き継がれています。
26:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:12:07

host:*.dion.ne.jp
朝廷に献上するお茶や幕府に奉納するお茶を調達する「御茶師三仲ケ間(おちゃしさんなかま)」の茶園でのみ認められていた茶の栽培方法は何でしょうか?


   ✕:露天栽培      ◎:覆下(おおいした)栽培


覆下(おおいした)栽培は、生育中の茶葉に覆いをし、日光を遮ることで、旨みのある茶葉を作り出す栽培方法で、朝廷に献上するお茶や幕府に奉納するお茶を調達する、上林家をはじめとする御茶師三仲ヶ間の茶園でのみ許されていたものでした。しかし元禄11年(1698年)の宇治の大火で、優良な茶園や製茶のための諸施設が深刻な被害を受けたことにより、徐々に近在の農民にもその栽培方法が認められるようになっていきました。
27:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:15:30

host:*.dion.ne.jp
明治初期、日本の主な輸出品目は、「生糸」と、何だったでしょうか?

   ✕:煙草    ◎:緑茶


明治初期の日本の輸出総額のうち、約6割を生糸、次いで約2割を緑茶が占めていました。幕末から明治にかけて、輸出産業が盛んになると、世界に向けて日本のお茶は広がっていきました。
28:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:17:18

host:*.dion.ne.jp
綾鷹の「急須でいれたような味わい」を実現するために、使用されている素材はどちらでしょうか?

     ◎: 壱      ✕: 弐


綾鷹には、上林春松本店が厳選し、綾鷹のために特別に挽いた青く爽やかな香りの抹茶と、宇治抹茶を贅沢に使用しています。創業450年の上林春松本店の伝統と磨き抜かれた技術にもとづいた綾鷹独自の製法で、急須でいれた緑茶のような味わいを実現しています。
29:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:25:24

host:*.dion.ne.jp
江戸時代後期(天保年間)、第十代上林春松が密かに作っていた、覆下(おおいした)栽培で作られた碾茶(てんちゃ)用の茶葉を、煎茶の製法によって仕上げたお茶の名前は何でしょうか?

    ◎:綾鷹     ✕:初音


「綾鷹」は、覆下栽培で作られた碾茶用の茶葉を、煎茶の製法を用いて仕上げたもので、江戸時代後期、第十代上林春松が開発しました。それを十一代上林春松が一般の市民向けに製造・販売したと伝えられています。
30:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:39:45

host:*.dion.ne.jp
明治後期、日本からの緑茶の輸出量は約2万トンに達していましたが、これは当時の日本国内のお茶の生産量の約何割に相当したでしょうか?

     ◎:約6割         ✕:約3割


緑茶の輸出量約2万トンは、明治後期の日本国内の緑茶の生産量の実に約6割に相当しました。日本の重要な輸出品となった緑茶ですが、茶価の高騰などから大正10年(1921年)には、お茶の輸出量はピーク時の約4分の1に激減してしまいます。その輸出に代わり伸びていったのが、緑茶の国内消費でした。
31:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:49:41

host:*.dion.ne.jp
明治10年(1877年)に、上林春松家は海外の博覧会に宇治茶を出品しましたが、それはどこで開かれものだったでしょうか?

     ✕:パリ     ◎:フィラデルフィア

32:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:55:02

host:*.dion.ne.jp
明治期、海外に輸出されていた緑茶の、主な輸出先はどこの国だったでしょうか?

✕:オランダ      ◎:アメリカ


アメリカは、明治期における日本の緑茶の最大の輸出先でした。特に太平洋岸のカリフォルニア州や中西部のノースダコタ州などで日本の緑茶が好まれたと言われています。
33:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 01:59:48

host:*.dion.ne.jp
「綾鷹」という名前には、どのような意味が込められているでしょうか?


    ✕:鷹のような形の茶葉を編んだ      ◎:貴重な茶葉を織り込んだ


「綾鷹」という名前は、上質な茶葉を「織り込む」という意味の「綾」と「貴重な茶葉」という意味の「鷹」を組み合わせ、厳選された上質な茶葉を心を込めて丹念に仕上げたお茶であることを意味しています。
34:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 02:03:28

host:*.dion.ne.jp
宇治・上林記念館にいまも残る、かつての茶師の屋敷の趣を残す建築物は何でしょうか?

     ✕:平屋門     ◎:長屋門


宇治・上林記念館に今も残っている長屋門とは、茶師の屋敷の代表的な門がまえです。この長屋門は、元禄11年(1698年)の宇治の大火で焼失した後に再建されたもので、約300年たった今も、当時の茶師の屋敷の趣を伝える、現存する唯一の歴史的記念物として保存されています。
35:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 02:07:41

host:*.dion.ne.jp
明治期、日本の緑茶が輸出されていたアメリカでは、日本と異なった飲み方が一般的だったと言われていますが、それは次の飲み方のどちらでしょうか?

     ◎:ミルクや砂糖をまぜて飲む      ✕:珈琲とまぜて飲む


アメリカでは、コーヒーや紅茶と同じように、煎茶にミルクや砂糖を混ぜて飲むことが一般的だったと言われています。お茶本来の味や香りを楽しむ日本の飲用法とは、かなり異なるものだったようです。
36:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 02:09:36

host:*.dion.ne.jp
急須でいれた緑茶のようなにごりのある水色(すいしょく)とふくよかな旨みを作り出すために、「綾鷹」で使われているのはどちらでしょうか?

      ◎:抹茶       ✕:番茶


急須でいれた緑茶のような、にごりのある水色は、綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、独自の製法によって再現されています。やさしく、ゆっくりと振ることで、にごりのもとである抹茶が広がり、抹茶本来のふくよかな旨味・香りを楽しむことができます。
37:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 02:16:13

host:*.dion.ne.jp
寛永10年(1633年)頃から毎年行われるようになった「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」は、その後、何年まで行われていたでしょうか?

     ◎:慶応2年(1866年)       ✕:元禄11年(1698年)


徳川幕府三代将軍、徳川家光の時代に制定された御茶壺道中は、その後慶応2年(1866年)まで続きました。それは明治維新(明治元年)のわずか2年前のことでした。実に240年ものあいだ、上林家は茶頭取として御茶壺道中を取り仕切ったのです。
38:mukurozi :

2012/07/07 (Sat) 02:25:59

host:*.dion.ne.jp
明治39年(1906年)、ニューヨークで出版された、岡倉天心が書いた本の名前は何だったでしょうか?

      ✕:The Book of Japan ◎:The Book of Tea


岡倉天心が日本のお茶文化についてまとめた、「The Book of Tea」は、明治39年(1906年)にニューヨークで出版されました。刊行された時期は、日露戦争の日本の勝利もあり、世界の日本に対する評価と関心が高まっていました。日本の茶道の歴史やお茶の文化などについて記されており、海外の人たちに日本の茶の魅力を伝える一冊になりました。
39:kuma(管理人) :

2012/07/07 (Sat) 08:18:11

host:*.bbtec.net
> mukurozi さん
こんにちは。いつもありがとうございます。
綾鷹試験、更新しました。
重複を気にせず、初回に出てきた30問を最新問題として掲載しました。
http://cocacolapark.blog.fc2.com/blog-entry-100.html
40:みにーまま :

2012/07/12 (Thu) 14:52:33

host:*.ocn.ne.jp
綾鷹で使用する茶葉の選定などに協力している「上林春松本店」では、「上林春松」の名を代々引き継ぎ、宇治の茶文化を守り続けています。では、現在の上林春松氏は何代目でしょうか?
正解  第十四代
第十六代

問題の文章が変わっていました。選択肢は同じです。
41:kuma(管理人) :

2012/07/14 (Sat) 19:40:59

host:*.bbtec.net
>40
修正しました。ありがとうございます(*゚ー゚*)

修正前 『綾鷹の茶葉の監修を行っている「上林春松本店」』
修正後 『綾鷹で使用する茶葉の選定などに協力している「上林春松本店」』
42:kuma(管理人) :

2012/08/07 (Tue) 00:06:54

host:*.bbtec.net
8月7日~9月6日まで、宮宿までの道のり。
問題の配信は、初日0時より毎回少し遅れているようなので、
早朝あたりに挑戦・更新しようと思ってます。
43:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:20:17

host:*.dion.ne.jp
宇治・上林記念館に保管されているこの像で描かれている上林家の祖先は、誰でしょうか?

✕:上林春松     ◎:上林竹庵


  初代上林春松の弟にあたる上林竹庵(ちくあん)は、仕官の道を選び徳川家康に仕えた後、茶道を志し利休から茶の湯を学びました。しかし慶長5年(1600年)の「伏見の戦い」で、旧主・家康の恩に報いるべく、茶筅(ちゃせん)を旗印にして出陣。伏見城で討死しました。


44:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:24:22

host:*.dion.ne.jp
京都・宇治にある上林春松本店の先祖伝来の重宝を納めた施設は何というでしょうか?

   ◎:宇治・上林記念館   ✕:宇治・上林博物館


  宇治・上林記念館には、約450年の上林家の歴史を物語る、祖先伝来の重宝が収められています。上林家が幕府や大名家に茶を運んだ茶壷の数々や、豊臣秀吉・古田織部・小堀遠州らが上林家に宛てた書状などの貴重な品々が、今も大切に保存・展示されています。
45:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:29:16

host:*.dion.ne.jp
綾鷹のパッケージに記載されている、綾鷹の製品特徴を表すコピーはどちらでしょうか?

   ◎:急須でいれたような、にごりの旨み    ✕:本格的な、まろやかな味わい

  
  綾鷹のパッケージには、味わいの特徴を表す「急須でいれたような、にごりの旨み」というコピーが書かれています。上林春松本店が吟味した茶葉と、綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、にごりを生み出す独自の製法で、急須でいれたような本格的な味わいを実現しています。是非お試しください。


  
46:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:34:40

host:*.dion.ne.jp
この黒い皿の名前はなんでしょうか?

  ✕:茶皿    ◎:拝見盆


  拝見盆とは、茶葉を吟味する際に使用する黒いお盆の呼称です。茶葉の外観を審査する際に、茶葉そのものの形状や色沢を見極めるために、黒いお盆が使われます。


     
  
47:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:37:46

host:*.dion.ne.jp
綾鷹の「急須でいれたような本格的な味わい」を実現するために、コカ・コーラ社が開発の協力を依頼した宇治の老舗茶舗はどちらでしょうか?

  ◎:上林春松本店    ✕:松好庵


  上林春松本店は、創業約450年の歴史を誇る宇治の老舗茶舗であり、宇治茶ひいては日本の茶文化の伝統を支えてきました。伝統を重んじつつも時代に合わせた新たな価値を人々に提供し、日本の茶文化の発展に寄与しています。
48:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:41:12

host:*.dion.ne.jp
2012年現在、上林春松本店の会長を務めている上林春松氏は何代目でしょうか?

  ◎:第十四代      ✕:第十三代


  現在の上林春松本店の会長である上林春松氏は、室町時代の創業から数え、第十四代目にあたります。「上林春松」という名前は、創業から約450年のあいだ、代々の子孫に引き継がれています。
49:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:45:10

host:*.dion.ne.jp
緑茶や紅茶の原料となるチャの樹の学名はなんというでしょうか?
 
   ◎:カメリア・シネンシス      ✕:カメリア・サピエンス

   緑茶や紅茶の原料となるチャの樹は、カメリア・シネンシスといいます。これは、ツバキ科ツバキ属の永年性常緑種で、アッサム種と中国種に分類されます。中国種は葉が小さい潅木で寒さに強いのが特徴であり、主に緑茶の原料となります。紅茶には、葉が大きい喬木のアッサム種が主に使われています。
50:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:49:55

host:*.dion.ne.jp
緑茶の旨みのもとを多く含む「にごり」を実現するために、綾鷹ではどのような工夫がされているでしょうか?


  ◎:綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用      ✕:綾鷹のために特別に焙煎した深蒸し茶を使用


   綾鷹の「急須でいれたような本格的な味わい」を生み出すためのこだわりのひとつに「にごり」があります。綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、綾鷹独自の製法を駆使してこのにごりを実現しました。
51:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 01:53:43

host:*.dion.ne.jp
緑茶に代表される、摘み取った茶葉をできるだけ早く加熱して酵素の働きを止めたお茶は何と呼ばれるでしょうか?

   ◎:不発酵茶      ✕:発酵茶


   「不発酵茶」とは、摘み取った茶葉をできるだけ早く加熱し、酵素の働きを止めたお茶です。茶葉を摘み取った後、できるだけ早い段階で加熱をするため、摘み取った茶葉と同じような美しい緑色のお茶になります。


  
52:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 08:55:10

host:*.dion.ne.jp
安政5年(1858年)頃に茶業を引き継いだ第十一代上林春松が新たに販売した、後の玉露の一種となるお茶の銘は何でしょうか?


✕:祖母茶     ◎:綾鷹


    茶道が一部の階層の嗜みであった江戸時代後期に、第十一代上林春松が一般の市民向けに販売した当時の新製品の緑茶(後の玉露の一種)の名前が「綾鷹」でした。

  
53:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 08:59:36

host:*.dion.ne.jp
>52の訂正

安政5年(1858年)頃に茶業を引き継いだ第十一代上林春松が新たに販売した、後の玉露の一種となるお茶の銘は何でしょうか?

   ✕:祖母昔      ◎:綾鷹


  茶道が一部の階層の嗜みであった江戸時代後期に、第十一代上林春松が一般の市民向けに販売した当時の新製品の緑茶(後の玉露の一種)の名前が「綾鷹」でした。

  
54:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:03:11

host:*.dion.ne.jp
上林家に対し、茶葉の茶壷への詰め方がぞんざいであったことを叱咤する書状を送った人物はどちらでしょうか?

    ✕:画像1:織田信長     ◎:画像2:豊臣秀吉


  お茶を愛好していた秀吉は、宇治の有力茶師であった上林家を重用しました。宇治・上林記念館には、秀吉から上林家に送られた書状がいまも残されています。その書状の中で秀吉は、「上林家から届いた茶壷の口封がぞんざいだった」と厳しくたしなめたうえで、「上林の茶葉は良いものなのだから」という激励の言葉を添えています。
55:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:06:36

host:*.dion.ne.jp
「覆下(おおいした)栽培」で育てた茶葉から作られるお茶はどちらでしょうか?

      ◎:玉露       ✕:煎茶

   玉露は、生育途中の茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)などで覆って日光を遮る「覆下(おおいした)栽培」で育てた茶葉の新芽だけを使って作られます。独特のとろりとした飲み口と芳醇な香り、ほどよい甘味が楽しめます。
56:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:10:09

host:*.dion.ne.jp
2012年8月現在、販売されている綾鷹のパッケージデザインはどちらでしょうか?

     ✕:壱     ◎:弐


    現在のパッケージデザインは、「急須でいれたような本格的な味わい」を伝達するために、青い急須のイラストをあしらっています。また、にごりのあるふくよかな味わいであることを伝えるために、緑色のグラデーションをほどこしており、綾鷹の製品特徴を訴求するデザインとなっています。

     
     
    

   
57:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:13:50

host:*.dion.ne.jp
永禄年間に創業された上林春松本店は、2012年現在、創業何年でしょうか?

    ✕:約100年      ◎:約450年


     上林春松本店は、初代上林春松により、今から約450年前の永禄年間に創業されました。創業以来、伝統を重んじながらもそれだけにとらわれる事なく、時代の流れに適応して柔軟に発想し、その時代に適した新たな価値を提供し続けています。
58:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:16:35

host:*.dion.ne.jp
抹茶のもととなる茶葉はどちらでしょうか?

   ◎:碾茶(てんちゃ)      ✕:粉茶


   抹茶のもととなる茶葉は碾茶(てんちゃ)といいます。碾茶は、生育途中に茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)などで覆って日光を遮る「覆下(おおいした)栽培」で育てられます。碾茶を石臼で少量ずつ挽くと、美しい色を持つ、風味豊かな味わいの抹茶が出来上がります。
59:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:25:10

host:*.dion.ne.jp
茶師が、仕入れた荒茶を加工し、それぞれの茶葉の特徴をうまく生かして組み合わせる技術を何というでしょうか?

      ✕:仕分け     ◎:合組(ごうぐみ)

    茶師が茶葉をブレンドする技術を「合組(ごうぐみ)」といいます。綾鷹は、創業約450年の歴史を誇る上林春松本店の「合組」技術にもとづき、吟味された茶葉と抹茶を贅沢に使用しています。
60:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:27:54

host:*.dion.ne.jp
完成品のお茶に仕上げる前の原料となる茶葉のことをなんと呼ぶでしょうか。

   ✕:碾茶(てんちゃ)     ◎:荒茶


     荒茶とは、茶園から摘み取った生の茶葉を、製茶工場で揉みながら乾燥したもので、緑茶の原料となるものです。この一次加工の工程を経て出来上がった「荒茶」は、茶葉の形状などが不揃いで、製品としては未完成の状態です。その後、茶問屋や茶師などがこの荒茶を購入し、「火入れ」「合組」といった仕上げの工程を行い、最終製品に仕上げています。
61:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:31:38

host:*.dion.ne.jp
江戸時代後期(天保年間)に第十代上林春松が密かに作っていた、覆下(おおいした)栽培で作られた碾茶(てんちゃ:抹茶のもととなる茶葉)用の茶葉を、煎茶の製法によって仕上げたお茶の名前は何でしょうか?

   ◎:「綾鷹」      ✕:「初音」


     「綾鷹」は、覆下栽培で作られた碾茶用の茶葉を、煎茶の製法を用いて仕上げたもので、江戸時代後期、第十代上林春松が開発しました。それを十一代上林春松が一般の市民向けに製造・販売したと伝えられています。
62:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:34:30

host:*.dion.ne.jp
茶師などが、さまざまな茶葉の特徴をうまく生かしながら茶葉を組み合わせる、煎茶の仕上げ工程を何というでしょうか?

   ◎:合組      ✕:中上げ


    「合組(ごうぐみ)」は、お茶の最終的な味わいを決める大切な工程です。茶師などが「合組」を行う場合、磨き抜かれた技と長年の経験を生かし、さまざまな茶葉の特徴をうまく生かしながら茶葉を組み合わせて、品質や味、香り、色などを整え、美味しいお茶に仕上げています。
      
63:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:37:28

host:*.dion.ne.jp
2012年8月現在販売されている、綾鷹のパッケージデザインに用いられているイラストはどちらでしょうか?

    ✕:壱      ◎:弐


    現在の綾鷹のパッケージデザインには、青い急須のイラストをあしらっています。綾鷹のもつ、「急須でいれたような本格的な味わい」という特徴を象徴しています。
64:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:40:10

host:*.dion.ne.jp
宇治・上林記念館に残る、この門の名前は何でしょうか?

   ✕:平屋門    ◎:長屋門

   宇治・上林記念館に今も残っている長屋門は、茶師の屋敷の代表的な門がまえです。この長屋門は、元禄11年(1698年)の宇治の大火で焼失した後に再建されたもので、約300年たった今も、当時の茶師の屋敷の趣を伝える、現存する唯一の歴史的記念物として保存されています。
65:mukurozi :

2012/08/07 (Tue) 09:44:36

host:*.dion.ne.jp
生育途中に茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)などで覆って日光を遮る「覆下(おおいした)栽培」で作られた茶葉特有の香りを何というでしょうか?

    ◎:覆い香(おおいか)      ✕:焙じ香


   「覆下栽培」で作られた茶葉特有の香りを「覆い香(おおいか)」といいます。「覆下栽培」で作られた茶葉は、この「覆い香」と呼ばれる芳醇な香りとふくよかな旨味が特徴で、玉露や抹茶の原料として使用されます。
66:バカボン :

2012/08/07 (Tue) 09:53:30

host:*.dion.ne.jp
完成品のお茶に仕上げる前の原料となる茶葉のことをなんと呼ぶでしょうか。

碾茶  ○荒茶
67:kuma(管理人) :

2012/08/07 (Tue) 11:55:40

host:*.bbtec.net
http://cocacolapark.blog.fc2.com/blog-entry-100.html
予告より遅れてしまいましたが、綾鷹試験更新しました。
68:kuma(管理人) :

2012/09/07 (Fri) 02:23:47

host:*.bbtec.net
http://cocacolapark.blog.fc2.com/blog-entry-100.html
綾鷹試験、9/7~10/6復路 宮宿~宇治
69:lina :

2013/03/19 (Tue) 15:10:17

host:*.emobile.ad.jp
日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)
※HOST-ID違いますが、旅先から書き込んでいます

問:日本で最初の茶書といわれている書物はどれでしょうか?

[喫茶養生記] [茶経]
[僮約(どうやく)] [茶の本]


答:喫茶養生記

栄西の大きな功績として知られる『喫茶養生記』は、上下二巻からなるもので、承元5年(1211年)に完成しました。ちなみに『茶経』は、世界最古の茶書で中国の陸羽の著でした。




問:建仁寺では、栄西の誕生月に禅宗式の「四頭(よつがしら)の茶会」が開催されますが、毎年何月に開かれているでしょうか?

[4月] [6月]
[8月] [10月]


答:4月

建仁寺では、栄西の生誕を祝う茶会として、毎年4月20日に禅院の茶礼の伝統を受け継ぐ「四頭の茶会」が開かれています。これは茶の湯の元祖のような茶会で、主位(しゅい)・賓位(ひんい)・主対位(しゅたいい)・賓対位(ひんたいい)の4人の正客(しょうきゃく)が対座する、禅院の斎宴の着席法で行われる茶会です。
70:lina :

2013/03/19 (Tue) 15:11:39

host:*.emobile.ad.jp
日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:初代上林春松の父である上林久重には、4人の子息がいました。4人の子息は、「久茂(ひさもち)」「味卜(みぼく)」「春松(しゅんしょう)」と、あと一人はだれでしょうか?

[政重] [正則]
[松庵] [正竹]


答:政重

上林久重には4人の子息がおり、長男「久茂(ひさもち)」、次男「味卜(みぼく)」、三男「春松(しゅんしょう)」、そして四男は政重で、後に竹庵(ちくあん)と名乗ります。4人の子息はそれぞれ一家を興し、そののち上林春松家が宇治を代表する茶師の後裔として茶業を営みながら今に至っています。




問:「上林春松本店」の正しい読み方はどれでしょうか?

[かみばやししゅんしょうほんてん] [かんばやしはるまつほんてん]
[かんばやししゅんしょうほんてん] [じょうりんしゅんしょうほんてん]

答:かんばやししゅんしょうほんてん

上林春松本店は、創業約450年の歴史を誇る宇治の老舗茶舗です。徳川家康や豊臣秀吉ともゆかりが深く、歴代の将軍などに重用されました。
71:lina :

2013/03/19 (Tue) 15:13:03

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:栄西はどこの国から新しい喫茶法をもたらしたでしょうか?

[宋] [呉]
[楚] [高麗]


答:宋

栄西は、二度にわたって宋に渡り、二度目の入宋の際、茶葉を挽いて湯に入れて飲む新しい喫茶法を日本にもたらしました。




問:臨済宗の開祖で「茶祖」としても知られる人物は誰でしょうか?

[空海] [栄西]
[最澄] [明恵上人]


答:栄西

臨済宗の開祖として知られるのは栄西です。二度にわたり宋へ渡った栄西は、茶葉を挽いて湯に入れて飲む新しい喫茶法などを携えて帰国し、「茶祖」とも称されるほどにお茶を日本に広めました。
72:lina :

2013/03/19 (Tue) 15:14:20

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:「綾鷹」の「綾」にはどのような意味がこめられているでしょうか?

[美しい] [奥ゆかしい]
[いろとりどり] [織り込む]


答:織り込む

綾鷹の「綾」という文字には糸などを「織り込む」という意味があります。「高貴なもの」「貴重な茶葉」という意味を持つ「鷹」と組み合わせることで、上質な茶葉を心を込めて丹念に仕上げた緑茶であることを表しています。




問:上林春松の兄である上林久茂が、謀反を起こした松永久秀の討伐のために出陣していた織田信長を、城まで道案内したといわれる戦いはどれでしょうか?

[桶狭間の戦い] [近江姉川の戦い]
[信貴山城(しぎさんじょう)の戦い] [石山城下の戦い]

答:信貴山城(しぎさんじょう)の戦い
天正5年(1577年)、織田信長に対して謀反を起こした松永久秀の居城、信貴山城(しぎさんじょう)を信長が攻めた「信貴山城の戦い」で、上林久茂が信長を城まで導く道案内役を果たしたといわれています。
73:lina :

2013/03/19 (Tue) 15:15:19

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:急須でいれたような味わいを楽しんでいただくためにコカ・コーラ社が推奨している綾鷹の飲み方はどれでしょうか?

[振ってから飲む] [振らずにそのまま飲む]
[常温で飲む] [30分ほど空気に触れさせてから飲む]

答:振ってから飲む
綾鷹の味わいをより楽しんでいただくために、飲む前にペットボトルを振ってからお飲みいただくことを推奨しています。振ることで、にごりのもとである抹茶がひろがり、緑茶本来のふくよかな旨み・香りをお楽しみいただけます。綾鷹の作法のページもご覧下さい。




問:本能寺の変の前日に開かれていた茶会で披露するために、安土城から本能寺に持ち込まれていたものは何だったでしょうか?

[植木] [仏像]
[刀剣] [茶器]


答:茶器

本能寺の変の前日、信長は、本能寺に公家たちなどを招いて茶会を催しました。安土城からは、名物茶器が多数持ち込まれ披露されたといわれています。
74:lina :

2013/03/19 (Tue) 19:29:48

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:綾鷹は、どのような味わいの緑茶を目指して開発されたでしょうか?

[茶筅でたてたようなクリーミーな味わい] [ほうじの香ばしい香味とやわらかな味わい]
[玉露の甘くやさしい味わい] [急須でいれた緑茶のような本格的な味わい]


答:急須でいれた緑茶のような本格的な味わい

「綾鷹」は、これまでのペットボトル入りのお茶にはない急須でいれた緑茶のような、にごりのある本物の味わいの実現を目指して、宇治の老舗茶舗「上林春松本店」の協力を得て開発されました。




問:足利義満が特別に庇護し、後に「宇治七茗園」と呼ばれた茶園のうち、上林家の茶園の名前はどれでしょうか?

[琵琶園] [朝日]
[奥の山] [上林園]


答:琵琶園

足利義満が特別に庇護した6つの茶園――森、川下、朝日、祝、奥山、宇文字に、後に新進の上林家の「琵琶園」が加わり、「宇治七茗園」と呼ばれるようになったと伝えられています。
75:lina :

2013/03/19 (Tue) 19:31:26

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:元来、茶業に携わるまで上林家はどこの豪族でしたでしょうか?

[播磨上林郷] [摂津上林郷]
[丹波上林郷] [但馬上林郷]


答:丹波上林郷

もともと上林家は、丹波上林郷(現在の京都府綾部市)の豪族でしたが、上林春松の父にあたる上林久重が宇治に移り住んで茶業に携わるようになりました。




問:現在の茶道の原型といわれる禅宗式の茶会はどれでしょうか?

[臨済の茶会] [四頭(よつがしら)の茶会]
[雲門の茶会] [曹洞の茶会の茶会]


答:四頭(よつがしら)の茶会

「四頭(よつがしら)の茶会」とは、日本最古の禅院茶礼の伝統を示す茶会といわれ、主位(しゅい)・賓位(ひんい)・主対位(しゅたいい)・賓対位(ひんたいい)の4人の正客(しょうきゃく)が対座する禅院の斎宴の着席法で行われます。現在、建仁寺では、栄西の生誕を記念して4月20日に行われています。
76:lina :

2013/03/19 (Tue) 19:33:00

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:綾鷹で使用する茶葉や抹茶は、コカ・コーラ社と上林春松本店双方が最終確認をして認められたもののみを使用しています。この会議を何というでしょうか?

[茶葉審査会] [茶葉査定式]
[茶葉認定式] [茶葉認証式]


答:茶葉認定式

「茶葉認定式」とは、綾鷹で実際に使用する茶葉や抹茶を上林春松本店とコカ・コーラ社の双方で確認をする会議です。本格的な味わいを提供するため、厳しく審査された茶葉のみを使用しています。




問:後に宇治の「宇治七茗園」と呼ばれる宇治の茶園を特別に庇護した室町幕府の将軍は誰でしょうか?

[足利義満] [足利尊氏]
[足利義政] [足利義尚]


答:足利義満

元中3年(1386年)頃、三代将軍足利義満は、宇治の茶園を特別に庇護しました。対象となった茶園は、森、川下、朝日、祝、奥山、宇文字の六園で、後に新進の上林家の琵琶園が加わり、「宇治七茗園」と呼ばれるようになったといわれています。
77:lina :

2013/03/19 (Tue) 19:35:22

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:北野大茶会にも登場した、建仁寺にある茶室はどれでしょうか?

[遺芳庵] [妙喜庵]
[東陽坊] [松花堂]


答:東陽坊

建仁寺の本坊にある「東陽坊(とうようぼう)」は、豊臣秀吉が催した茶の湯の一大行事、北野大茶会の副席で用いた茶室と伝えられるものです。この茶室を利休の高弟・真如堂(しんにょどう)の東陽坊長盛(とうようぼうちょうせい)が好んだことから、「東陽坊」と名付けられたといわれています。




問:臨済宗の開祖で「茶祖」としても知られる人物は誰でしょうか?

[空海] [栄西]
[最澄] [明恵上人]


答:栄西

臨済宗の開祖として知られるのは栄西です。二度にわたり宋へ渡った栄西は、茶葉を挽いて湯に入れて飲む新しい喫茶法などを携えて帰国し、「茶祖」とも称されるほどにお茶を日本に広めました。
78:lina :

2013/03/20 (Wed) 16:34:52

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:天正10年(1582年)に起きた本能寺の変の前日、織田信長は本能寺で何を行っていたでしょうか?

[狩り] [茶会]
[連歌会] [相撲]


答:茶会

「本能寺の変」の前日、織田信長は本能寺に公家たちなどを招いて茶会を開いていたといわれています。その日の夕方には、丹波亀山城を出陣した明智光秀の軍勢が、「敵は本能寺にあり」の号令により、本能寺を目指しました。




問:綾鷹は、どのような味わいの緑茶を目指して開発されたでしょうか?

[茶筅でたてたようなクリーミーな味わい] [ほうじの香ばしい香味とやわらかな味わい]
[玉露の甘くやさしい味わい] [急須でいれた緑茶のような本格的な味わい]


答:急須でいれた緑茶のような本格的な味わい

「綾鷹」は、これまでのペットボトル入りのお茶にはない急須でいれた緑茶のような、にごりのある本物の味わいの実現を目指して、宇治の老舗茶舗「上林春松本店」の協力を得て開発されました。
79:lina :

2013/03/20 (Wed) 16:35:54

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:上林春松本店が、江戸時代後期に新しく販売した後の玉露の一種となるお茶の銘は何でしょうか?

[祖母昔] [瑞茗]
[綾鷹] [初音の昔]


答:綾鷹

茶道が一部の階層の嗜みであった江戸時代後期に、第十一代上林春松が一般の市民向けに販売した当時の新製品の緑茶(後の玉露の一種)の名前が「綾鷹」でした。




問:平安時代に飲まれていたといわれるお茶はどんなタイプのものだったでしょうか?

[発酵茶] [固形茶]
[散茶] [窯炒り製茶]


答:固形茶

「固形茶」とは、平安時代に飲用されたといわれる、生茶を蒸して丸く餅状にした固形のお茶です。これを必要な量だけ切り取り火で焙ったあと、細かく砕き粉にしたものを煎じて飲んでいました。ちなみに「散茶」とは、ばら茶、葉茶、挽いて粉にしたお茶という意味があります。
80:lina :

2013/03/20 (Wed) 16:37:46

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:「茶祖」と称される栄西が開いた京都最初の禅寺はどれでしょうか?

[南禅寺] [建長寺]
[広隆寺] [建仁寺]


答:建仁寺

建仁寺は、京都市東山区にあるお寺で、建仁2年(1202年)に栄西によって開かれました。宋の百丈山(ひゃくじょうざん)を模したもので、京都で最初の禅寺として知られています。




問:室町幕府最後の将軍・足利義昭を倒した翌年、織田信長が茶の湯を楽しむために訪れたとされる地はどこでしょうか?

[江戸] [宇治]
[浜松] [草津]


答:宇治

足利義昭との槇島城(まきしまじょう)の戦いに勝利した翌年、織田信長は宇治を訪れて茶の湯を楽しみ、茶摘みや製茶を見物したと伝えられています。
81:li :

2013/03/20 (Wed) 20:55:20

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問:初代上林春松の父、上林久重が移り住み茶業に携わるようになった地はどれでしょうか?
  [寝屋川] [奈良]
  [祇園]  [宇治]

答え:宇治

初代上林春松の父にあたる上林久重は、宇治に移り住んで茶業に携わるようになります。




問:綾鷹の「急須でいれたような味わい」を実現するために協力を仰いだ宇治の老舗茶舗はどれでしょうか?
  [上林春松本店] [松好庵]
  [草福園]   [祇園千利]

答え:上林春松本店

上林春松本店は、創業約450年の歴史を誇る宇治の老舗茶舗であり、宇治茶ひいては日本の茶文化の伝統を支えてきました。伝統を重んじつつも、常に革新を求め、代々、日本の茶文化の発展に寄与しています。
82:li :

2013/03/20 (Wed) 20:55:47

host:*.icn-tv.ne.jp

問:嵯峨(さが)天皇に茶が献じられたことが書かれている平安時代の初期に編纂された歴史書はどれでしょうか?
  [日本書紀] [茶経]
  [奥義抄]  [日本後記]

答え:日本後記

平安時代の初期に編纂された歴史書『日本後紀』に弘仁6年(815年)、嵯峨天皇が行幸の途中で近江国(現在の滋賀県)のお寺に立ち寄り、そこで茶が献じられたと書かれています。




問:綾鷹の水色(すいしょく)は、急須でいれた緑茶と共通の特徴があります。それはどれでしょうか?
  [透き通った黄金色]    [にごりのある黄緑色]
  [透き通った透明な黄緑色] [にごりのある茶色]

答え:にごりのある黄緑色

緑茶のにごりには、おいしさのもととなる成分が多く含まれています。綾鷹は、このにごりをペットボトル入りの緑茶で実現しました。にごりがもたらすふくよかな旨み、渋み、香り豊かな味わいがお楽しみいただけます。
83:li :

2013/03/20 (Wed) 20:57:17

host:*.icn-tv.ne.jp
問:「綾鷹」の「鷹」にはどのような意味がこめられているでしょうか?
  [貴重な茶葉]            [鋭い味]
  [上質な茶葉の手触りは鷹の羽に似る] [飲む人の心を射止める]

答え:貴重な茶葉

綾鷹の「鷹」という文字には、「高貴なもの」「貴重な茶葉」という意味があります。糸などを「織り込む」という意味の「綾」と組み合わせることで、上質な茶葉を心を込めて丹念に仕上げた緑茶であることを表現しています。
84:lina :

2013/03/21 (Thu) 23:00:18

host:*.j-cnet.jp
問:永禄年間に創業された上林春松本店は、現在創業何年でしょうか?

[100年] [250年]
[300年] [450年]


答:450年

上林春松本店は、初代上林春松により、今から約450年前の永禄年間に創業されました。創業以来、「温故知新」の精神を社是とし、宇治茶ひいては日本のお茶文化を支えてきました。
85:lina :

2013/03/22 (Fri) 21:18:52

host:*.j-cnet.jp
日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:TVCM『綾鷹作法 製法篇』において、上林秀敏氏は急須を回すと何が出るといってるでしょうか?

[雑み] [旨み]
[渋み] [甘み]


答:雑み

急須を回すと「雑み」まで出てしまいます。熱すぎないお湯でじっくりと「旨み」が引き出されるのをお待ちください。
86:lina :

2013/05/01 (Wed) 20:27:51

host:*.j-cnet.jp
日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)


問:織田信長、豊臣秀吉に仕えた、茶道の大成者として知られる人物はだれでしょうか?

[古田織部] [津田宗及]
[千利休] [下條信隆]


答:千利休

千利休は、信長のもとで茶事を司り、信長亡き後は秀吉に重用されました。茶室をはじめとして、道具、その精神に至るまで創意工夫を重ねて洗練させ、茶の湯を茶道として完成させました。


-----------------------------------------------------------------------------------------------


問:綾鷹のパッケージに記載されている、綾鷹の味わいの特徴を示すイラストはどれでしょうか?

[赤い湯のみ] [青い湯のみ]
[赤い急須] [青い急須]


答:青い急須

綾鷹のパッケージには、「急須でいれたような味わい」を表現するために、青い急須のイラストが描かれています。


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問:上林家に対し、茶葉の茶壷への詰め方がぞんざいであったことを叱咤激励する書状を送った人物の肖像画はどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:弐

茶を愛好していた秀吉は、宇治の有力茶師であった上林家を重用しました。宇治・上林記念館には、秀吉から上林家に送られた書状がいまも残されています。その書状の中で秀吉は、「上林家から届いた茶壷の口封がぞんざいだった」と厳しくたしなめたうえで、「上林の茶葉は良いものなのだから」という激励の言葉を添えています。


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87:lina :

2013/05/01 (Wed) 20:29:29

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)


問:利休は、秀吉から切腹を命じられる直前、「今生の限りとして上林の茶を一服申したい」と書状に記していました。さて、切腹を命じられた時、利休は何歳だったでしょうか?

[80歳] [70歳]
[60歳] [55歳]


答:70歳

利休は、天正19年(1591年)、秀吉の怒りを買って切腹を命じられ70歳の生涯を閉じます。その直前に利休が残した書状には「今生の限りとして上林の茶を一服申したい」という旨のことが書かれています。


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問:鎌倉時代の末期に流行し、「本茶」か「非茶」かを飲みあてる遊戯を何というでしょうか?

[競茶] [比茶]
[闘茶] [真茶]


答:闘茶

鎌倉時代の末期には、栂尾(とがのお)産の茶を「本茶」、その他の産地の茶を「非茶」とし、「本茶」か「非茶」かを飲み比べて当てる「闘茶」が、武家や公家、僧侶の間で流行しました。


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問:鎌倉時代末期、明恵が栂尾に播いた種から育ち、生産されるようになった茶葉のことを何と呼んでいたでしょうか?

[非茶] [本茶]
[真茶] [種茶]


答:本茶

明恵が栂尾に播いた種から育った茶は、いつしか茶園となり、その後約2世紀にわたって発展しました。鎌倉時代末期になると、その質の高さから栂尾で栽培された茶葉を「本茶」、それ以外のものは「非茶」と呼ばれるようになります。


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88:lina :

2013/05/01 (Wed) 20:30:48

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)


問:現存する唯一の千利休作の茶室といわれている、京都の妙喜庵(みょうきあん)の中にある茶室はどれでしょうか?

[如庵(じょあん)] [燕庵(えんあん)]
[待庵(たいあん)] [不審庵(ふしんあん)]


答:待庵(たいあん)

「待庵」(たいあん)は、現存する唯一の千利休作の茶室といわれており、京都の妙喜庵(みょうきあん)の中にあります。秀吉に命じられて妙喜庵内に建立した、利休の屋敷から移転されたなど、諸説伝えられています。


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問:宇治茶について、「宇治は当代近来の御賞翫(ごしょうがん)、栂尾は此の間衰微の体に候」と記された、室町時代後期に編纂された書物は何でしょうか?

[尺素往来(せきそおうらい)] [庭訓往来(ていきんおうらい)]
[宇勢往来(うせいおうらい)] [栂衰往来(つがすいおうらい)]


答:尺素往来(せきそおうらい)

室町時代後期に一条兼良(いちじょうかねよし)によって編纂された書物『尺素往来(せきそおうらい)』には、かつて「本茶」として一世を風靡した栂尾茶の勢いが衰え、かわりに宇治茶が人々に好まれるようになっていく様が記されています。


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問:上林家には千利休の親族が嫁いでいますが、それはどれでしょうか?

[千利休の孫] [千利休の従姪孫(じゅうてっそん)]
[千利休の養女] [千利休の従姪(じゅうてつ)]


答:千利休の養女

上林家には、千利休の養女が嫁いでいます。上林家に利休が宛てた書簡によると、千利休は上林家の茶を重用していたという事実が記されており、両家は相当親しい間柄だったと考えられます。


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89:lina :

2013/05/01 (Wed) 20:32:24

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)


問:利休の死後、茶の湯の第一人者となり「茶湯名人」と称された利休の弟子はだれでしょうか?

[今井宗久] [高山右近]
[古田織部] [蒲生氏郷]


答:古田織部

利休の死後、茶の湯の第一人者となったのは、利休の弟子の古田織部でした。「茶湯名人」と称された織部は、利休が完成した茶道を広く展開していく役目を果たしました。


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問:「綾鷹」という名前には、どんな意味が込められているでしょうか?

[鷹のような形の茶葉を編んだ [貴重な茶葉を織り込んだ
[鷹のように力強い味わい [他の追随を許さない


答:貴重な茶葉を織り込んだ

上質な茶葉を「織り込む」という意味の「綾」と「貴重な茶葉」という意味の「鷹」を組み合わせ、「綾鷹」という名前で、厳選された上質な茶葉を心を込めて丹念に仕上げたお茶であることを意味しています。


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問:栄西が明恵に茶種を贈る際に使用したと伝えられる壺の名前はなんでしょうか?

[漢柿蔕茶壺(あやのかきへたちゃつぼ)] [漢栄西茶壺(あやのえいさいちゃつぼ)]
[漢明恵茶壷(あやのみょうえちゃつぼ)] [漢養生茶壷(あやのようじょうちゃつぼ)]


答:漢柿蔕茶壺(あやのかきへたちゃつぼ)

栄西は、漢柿蔕茶壺(あやのかきへたちゃつぼ)という壺に茶種を入れ、明恵に贈ったと伝えられています。この壺は、現在も高山寺に残されています。


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90:lina :

2013/05/01 (Wed) 20:33:49

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問:急須でいれた緑茶のようなにごりのある水色(すいしょく)とふくよかな旨みを作り出すために、「綾鷹」で使われているのはどれでしょうか?

[抹茶] [番茶]
[玉露] [にがり]


答:抹茶

急須でいれた緑茶のような、にごりのある水色とふくよかな旨みは、綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、独自の製法によって再現されています。


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問:明恵が禅の教えを受け、茶種を贈ってもらったのはだれでしょうか?

[円爾] [蓮如]
[栄西] [最澄]


答:栄西

明恵は、茶祖である栄西から禅の教えを受けており、その際贈られた茶種を栂尾の地に播いて栽培を始めました。


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問:現在販売されている綾鷹のパッケージデザインはどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:弐

現在のパッケージデザインは、急須でいれたような本格的な味わいを伝達するために、青い急須のイラストを配置しています。また、にごりのあるふくよかな味わいであることを伝えるために、緑色のグラデーションをほどこしており、綾鷹の製品特徴を訴求するデザインとなっています。


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91:lina :

2013/05/02 (Thu) 22:28:33

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:茶師が仕入れた荒茶を加工し、それぞれの茶葉の特徴をうまく生かして組み合わせる技術を何というでしょうか?

[仕分け] [火入れ]
[合組(ごうぐみ)] [押槽(おしぶね)]


答:合組(ごうぐみ)

茶師が茶葉をブレンドする技術を「合組(ごうぐみ)」といいます。綾鷹は、創業四百五十年の歴史を誇る上林春松本店の「合組」技術にもとづき、吟味された茶葉と抹茶を贅沢に使用しています。

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問:お茶と関わりの深い京都市右京区栂尾(とがのお)にある高山寺(こうさんじ)を再興したのはだれでしょうか?

[永忠上人] [月海上人]
[隠元上人] [明恵上人]


答:明恵上人

華厳宗の興隆を願って栂尾の高山寺を再興したのは明恵上人です。明恵は、栂尾の地に茶種をまいて茶の栽培を日本に広めた人物としても知られています。

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問:上林家の中で、千利休とその弟子たちを招いて茶会を催したという話が伝えられている人物は誰でしょうか?

[上林竹庵] [上林味卜]
[上林久茂] [上林氏忠]


答:上林竹庵

初代上林春松の弟にあたる上林政重(まさしげ)は、茶道を志して茶の湯を利休から学び、竹庵(ちくあん)と号していました。竹庵は、利休とその弟子たち一行を茶会に招いたという話が伝えられています。

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92:lina :

2013/05/02 (Thu) 22:29:43

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:緑茶の旨みのもとを多く含む「にごり」を実現するために、綾鷹ではどのような工夫がされているでしょうか?

[高温のお湯で、茶葉から抽出。] [綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用]
[綾鷹のために特別に焙煎した深蒸し茶を使用] [綾鷹のために選定した特別なムクの皮]


答:綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用

綾鷹の本格的な緑茶の味わいを生み出すためのこだわりのひとつに「にごり」があります。綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、綾鷹独自の製法を駆使してこのにごりを実現しました。

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問:「茶湯名人」と称された人物で、上林家と親しい関係にあった古田織部の肖像画はどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:弐
「茶湯名人」と称された古田織部は、上林の茶を重用していました。織部が上林家に宛てた書状は、いまも宇治・上林記念館に残っており、その書状には、上林から届けられた茶がたいへん良いものであることを感謝し、その気持ちを直接会って伝えたい、といった内容が書かれています。

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問:鎌倉時代に、京都の栂ノ尾(とがのお)で茶の栽培を始めたといわれている明恵上人の肖像画はどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:壱

明恵は、茶祖である栄西から禅の教えを受けており、その際贈られた茶種を栂尾の地に播いて栽培を始めました。明恵が中興した高山寺には、「日本最古之茶園」の碑がいまも残っています。

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93:lina :

2013/05/02 (Thu) 22:31:19

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問:千利休は信長や秀吉に仕えて茶事を司っていましたが、その役職はなんと呼ばれていたでしょうか?

[茶頭] [茶主]
[散茶] [鷹匠頭]


答:茶頭

茶頭(ちゃどう)は、天下人のもとで茶事を司る役職のことです。千利休は、織田信長、豊臣秀吉の茶頭を務め、ついには茶道を完成させました。

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問:茶どころ宇治で毎年行われる「宇治茶まつり」では、お茶の発展に寄与した三人の人物が称えられます。その三人とは、栄西禅師と明恵上人、もうひとりはだれでしょうか?

[豊臣秀吉] [足利義満]
[小堀遠州] [千利休]


答:千利休

宇治では毎年10月に、栄西禅師、明恵上人、千利休の3人の功績を称え、お茶に関わった功労者の霊を祀るとともに、宇治茶の隆盛を祈願する「宇治茶まつり」が催されます。

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問:宇治の地に茶をもたらした人といわれているのはだれでしょうか?

[栄西] [最澄]
[永忠] [明恵]


答:明恵

明恵は、栂尾茶の生みの親と言われており、13世紀前半、宇治・五ケ庄大和田の里(現在の宇治市五ケ庄西浦)の土地に、栄西から贈られた茶種を播き、宇治に茶葉の栽培を広めた人物として知られています。

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94:KUMA(管理人) :

2013/05/10 (Fri) 20:42:34

host:*.bbtec.net
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2013年版 日本全国綾鷹WEB試験 ~お茶壺道中を行く~
http://cocacolapark.blog.fc2.com/blog-entry-173.html
投稿いただいた情報をまとめました。ありがとうございます。
95:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:11:58

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:元文3年に煎茶の新製法を考案した永谷宗円が、その新しい煎茶の販売を依頼した人物とはだれでしょうか?

[石川嘉兵衛] [松本嘉兵衛]
[山本嘉兵衛] [鈴木嘉兵衛]


答:山本嘉兵衛

永谷宗円は、新しい製法による煎茶を携えて江戸へ向かい、江戸日本橋の茶商であり、「山本山」の創業者・山本嘉兵衛(かへい)に販売を依頼しました。嘉兵衛はその香味を絶賛し、「天下一」の茶銘で大々的に売り出して好評を博します。

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問:初代上林春松の弟にあたる上林竹庵(ちくあん)が、徳川家康に仕えていた頃、家康によって支配を命じられていた地はどこだったでしょうか?

[三河] [駿河]
[遠江] [尾張]


答:三河

自ら仕官の道を選び、徳川家康に仕えていた上林竹庵は、家康によって三河の土呂(とろ)郷(現在の愛知県愛知県岡崎市)の支配を命じられていました。その地で茶の栽培にもあたっていたといわれています。

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問:戦国時代初期、「天下一のお茶」として、その地位を不動のものとしていたのはどこのお茶でしょうか?

[宇治] [狭山]
[江戸] [静岡]


答:宇治

戦国時代初期には、宇治はお茶の産地としての地歩を固め「天下一のお茶」と呼ばれていました。当時、宇治で盛んに行われていた覆下栽培で生産された宇治のお茶は、将軍家や大名家などの上流階級の間で大層な人気を誇り愛飲されていました。
96:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:13:56

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:江戸時代中期、永谷宗円が考案した新しい煎茶の製法とは?

[新芽を湯で蒸し、冷却・乾燥させたものを煎じる] [新芽を湯で蒸し、発酵させたものを煎じる]
[古茶を湯で蒸し、発酵させたものを煎じる] [古葉を湯で蒸し、冷却・乾燥させたものを煎じる]


答:新芽を湯で蒸し、冷却・乾燥させたものを煎じる

永谷宗円が考案した新しい煎茶の製法では、新芽を湯で蒸したあとに冷却し、焙炉(ほいろ)で乾燥させたものを煎じます。宗円の製法で作られたお茶は、従来の煎茶より味・香りともに格段によいものでした。この製法が生み出されたことによって、美味しい煎茶が広く全国に伝わりました。

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問:江戸幕府4代将軍徳川家綱の時代、宇治に萬福寺を開山し、そこで唐茶をつくり、お茶の普及に貢献したのはだれでしょうか?

[隠元] [隆明]
[円悟] [木庵]


答:隠元

唐茶を伝えてお茶の普及に貢献したのは、万治3年(1660年)に明から渡来した禅僧の隠元(いんげん)です。隠元は書家としても知られており、また、精進料理の一種の普茶料理を中国から伝えた人物でもあります。

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問:江戸時代に幕府が上林家に任命した、宇治を管轄する役職は何だったでしょうか?

[奉行] [与力]
[代官] [大番頭]


答:代官

上林家は、徳川幕府直轄の天領である宇治を管轄する代官を務め、幕府の年貢の収納を預かるなどの重要な任務を代々受け継いでいきました。
97:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:15:07

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:関ヶ原の戦いの前哨戦となる「伏見城の戦い」で鈴木重朝(しげとも)に討たれた上林竹庵(ちくあん)の亡骸(なきがら)を葬ったのはだれだったでしょうか?

[毛利九左衛門] [佐野四郎右衛門]
[蜂須賀彦右衛門] [田中三郎衛門]


答:佐野四郎右衛門

「伏見城の戦い」で討死した竹庵(ちくあん)の亡骸(なきがら)は、京都の商人であった佐野四郎右衛門によって宇治の平等院に葬られたと伝えられています。佐野は、竹庵からかつて受けた恩恵に報いるべく、竹庵の亡骸を盗み出して葬ったといわれています。

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問:「本能寺の変」が起こった時、堺見物をしていた徳川家康を明智光秀らの追及から逃れさせ、無事に三河へ帰るまでの道案内をしたのは誰でしょうか?

[宇治の宣教師] [江戸の武将]
[宇治の僧侶] [宇治の茶師]


答:宇治の茶師

「本能寺の変」の際、堺に滞在していた徳川家康を明智光秀の追及から逃れさせ、無事に三河へ帰るまでの道案内役を務めたのは、初代上林春松の兄の上林久茂(ひさもち)ら宇治の茶師たちでした。久茂らの案内のおかげで、家康は明智光秀の攻撃を免れ、信楽(しがらき)から伊勢を通って三河に戻ることができました。

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問:永谷宗円が考案した新しい煎茶の製法は、何と呼ばれていたでしょうか?

[「濁製」や「宇治製」]
[「茶製」や「京都製」]
[「冷製」や「京都製」]
[「青製」や「宇治製」]


答:「青製」や「宇治製」

永谷宗円が考案した新しい煎茶の製法は、茶葉の色が薄緑色だったことから、「青製」や「宇治製」と呼ばれ、全国に広まりました。
98:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:16:35

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問:永谷宗円が新たな煎茶の製法を考案したのは、いつでしょうか?

[元文10年] [元文9年]
[元文7年] [元文3年]


答:元文3年

製茶業を営む家に生まれた永谷宗円は、元文3年(1738年)に新しい煎茶の製法を考案しました。宗円の考案した製法によって作られた煎茶は従来より味・香りともに格段によいもので、その製法は「青製」「宇治製」と呼ばれて全国に広まりました。

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問:家康が上林家に宇治の若森の茶園を与えた際、その茶園で栽培されたお茶のためにに与えた茶銘は何ですか?

[後昔] [祖母昔]
[祖父昔] [初昔]


答:祖母昔

初代上林春松の祖母がお茶の仕立ての名人で、その茶を家康が「祖母茶(ばばちゃ)」と称して愛していました。ある時、家康は、その褒美として宇治・若森の茶園を上林家に与え、その茶園で摘まれた茶に使用する茶銘として、「祖母昔(ばばむかし)」を与えました。

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問:戦国時代初期、宇治茶は主にどういった人たちの間で愛飲されていたでしょうか?

[商人] [庶民]
[将軍家や大名家などの上流階級] [医師]


答:将軍家や大名家などの上流階級

戦国時代初期、宇治では、茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)で覆う覆下栽培が盛んに行われており、覆下栽培で作られた碾茶(てんちゃ)は、抹茶の原料として将軍家や大名家などの上流階級の間で愛飲されていました。
99:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:17:47

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:江戸時代に上林家に与えられた、茶師の位の中の最高位「御物御茶師」の読み方は?

[おんもつおちゃし] [みぶつおちゃし]
[ごもつおちゃし] [ごものおちゃし]


答:ごもつおちゃし

江戸時代、上林家は、茶師の最高位である「御物御茶師(ごもつおちゃし)」の位を与えられました。当時、この他に「御袋(おふくろ)御茶師」「御通(おとおり)御茶師」という3つの位があり、それらを総じて「御茶師三仲ヶ間(さんなかま)」と呼んでいました。

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問:江戸時代初期、一般庶民のあいだで飲まれていた煎茶は、どんな水色(すいしょく)だったでしょうか?

[緑色] [黄色]
[赤色] [茶色]


答:茶色

一般庶民の間で飲まれていた煎茶は、若葉・古葉の区別なく摘み取り、灰のアクを加えた熱湯でゆがき、冷水で冷やしたあとに乾かして煎じて飲むというものでした。その水色は茶色で、今日の煎茶とは色、味、香気ともにかなり異なるものでした。

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問:万治3年(1660年)に明から渡来した隠元(いんげん)禅師が作った唐茶とは、どんな種類のお茶だったでしょうか?

[釜炒り茶] [深蒸し茶]
[釜ゆで茶] [深炊き茶]


答:釜炒り茶

唐茶は、茶葉を蒸すのではなく、鍋か釜に入れて揉みながら炒った釜炒り茶です。味わいが強いため、日本人向きではなかったようです。
100:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:19:00

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問:江戸時代に設けられた宇治茶師の3つの位は、「御物御茶師(ごもつおちゃし)」「御袋御茶師(おふくろおちゃし)」とあともうひとつは何でしょうか?

[御登御茶師] [御行御茶師]
[御通御茶師] [御家御茶師]


答:御通御茶師

江戸時代に設けられた宇治茶師の3つの位は、「御物御茶師(ごもつおちゃし)」(朝廷・幕府将軍が飲む茶を調達)、「御袋御茶師(おふくろおちゃし)」(幕府で奉納に用いる茶を調達)、「御通御茶師(おとおりおちゃし)」(江戸城で使う雑用の茶を調達)の3つがありました。

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問:江戸時代に設けられた宇治茶師の3つの位、「御物御茶師(ごもつおちゃし)」「御袋御茶師(おふくろおちゃし)」「御通御茶師(おとおりおちゃし)」を総じて何と呼んでいたでしょうか?

[御茶師三寄合] [御三茶師]
[御茶師三賢人] [御茶師三仲ヶ間]


答:御茶師三仲ヶ間

宇治の茶師には「御物御茶師(ごもつおちゃし)」「御袋御茶師(おふくろおちゃし)」「御通御茶師(おとおりおちゃし)」の3つの位があり、これを「御茶師三仲ヶ間(おちゃしさんなかま)」と呼んでいました。上林家は、そのなかの最高位「御物御茶師」の位が与えられていました。

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問:初代上林春松の祖母が仕立てた御茶を「祖母茶(ばばちゃ)」と称して愛した、上林家とも親交の深かった歴史上の人物は?

[徳川家綱] [徳川家康]
[徳川家慶] [徳川家光]


答:徳川家康

初代上林春松の祖母の仕立てたお茶を「祖母茶(ばばちゃ)」と称して好んだのは、徳川家康です。この「祖母茶」の褒美として家康が与えた「祖母昔(ばばむかし)」の茶銘は、400年以上経った今も、上林春松本店で大切に守り伝えられています。
101:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:20:15

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問:茶葉を仕入れ、一般の人々に販売する職務に携わる人たちを何と呼ぶでしょうか?

[茶民] [茶官]
[茶商] [茶師]


答:茶商

茶葉を仕入れて一般の人々に販売するのが茶商の仕事です。一方、茶師とは、茶葉(荒茶)を組み合わせてより美味しいお茶に仕上げることを仕事としており、江戸時代には、碾茶(てんちゃ)の製造家のことを指しました。上林家は宇治の有力茶師として、将軍家に納めるお茶を代々作っていました。

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問:慶長5年(1600年)、茶道を志して茶の湯を利休から学んでいた上林竹庵(ちくあん)が、かつて仕えていた徳川家康の恩に報いるために参戦した戦いは?

[関ヶ原の戦い] [白石城の戦い]
[伏見城の戦い] [石垣原の戦い]


答:伏見城の戦い

上林竹庵(ちくあん)は、徳川家康に支配を命じられていた三河から戻り、茶道を志して千利休より茶の湯を学んでいました。しかし、慶長5年(1600年)に起こった「伏見城の戦い」で、旧主である徳川家康の恩に報いるべく家康を総大将とする東軍に加わりました。

-----------------------------------------------------------------------------------------------

問:徳川家康が贈った茶銘で、上林家にのみ使用が許されている「祖母昔」の読み方は?

[そぼしゃく] [ばばむかし]
[そぼむかし] [ばばせき]


答:ばばむかし

徳川家康が上林家に贈った茶銘「祖母昔(ばばむかし)」は、上林家だけに使用が許された、由緒ある茶銘です。400年以上経った今も、大切に守り伝えられており、上林春松本店にはその名を冠した抹茶が今も残っています。
102:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:21:20

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問:綾鷹のパッケージに記載されている、綾鷹の製品特徴を表すコピーはどれでしょうか?

[急須でいれたような、にごりの旨み] [土づくりからこだわった、あまく健康な茶葉]
[本格的な、まろやかな味わい] [鷹のように力強い味わい]


答:急須でいれたような、にごりの旨み

綾鷹のパッケージには、味わいの特徴を表す「急須でいれたような、にごりの旨み」というコピーが書かれています。上林春松本店が吟味した茶葉と、綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、にごりを生み出す独自の製法で、急須でいれたような本格的な味わいを実現しています。是非お試しください。

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問:初代上林春松の弟・上林竹庵(ちくあん)が、宇治で茶道を志した際に教えを受けていた人物は?

[古田織部] [小堀遠州]
[吉田兼見] [千利休]


答:千利休

上林竹庵は、仕官の道を選び徳川家康に仕えており、三河の知行権を与えられていました。その後宇治に戻った上林竹庵は茶道を志し、利休から教えを受けていました。

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問:元文3年(1738年)に新しい煎茶の製法を考案したのはどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:弐

新しい煎茶の製法を考案し煎茶を世に広めたのは、永谷宗円です。永谷宗円は山城国の宇治田原郷(現在の京都府綴喜郡(つづきぐん)宇治田原町)の出身で、家業の製茶業を引き継いで研究を重ね、新たな煎茶の製法を生み出しました。
103:lina :

2013/06/30 (Sun) 12:23:14

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:江戸時代の宇治茶師である「御物御茶師(ごもつおちゃし)」「御袋御茶師(おふくろおちゃし)」「御通御茶師(おとおりおちゃし)」の御茶師三仲ヶ間(おちゃしさんなかま)にのみに認められていたお茶の栽培方法は何だったでしょうか?

[少水栽培] [接木栽培]
[覆下栽培] [露天栽培]


答:覆下栽培

御茶師三仲ヶ間(おちゃしさんなかま)にのみ認められていた栽培方法は、覆下(おおいした)栽培です。覆下栽培は、お茶の新芽が成長する過程で、茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)などで覆う栽培法であり、渋味の少ない旨み豊かな茶葉を生産することができます。

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問:関ヶ原の戦いの前哨戦となる「伏見城の戦い」で、上林竹庵(ちくあん)が出陣に際して旗印にしたのは何だったでしょうか?

[茶壺] [茶筒]
[茶筅] [急須]


答:茶筅

旧主である家康の恩に報いるべく「伏見城の戦い」に参戦した竹庵(ちくあん)ですが、その戦いの際に旗印として、茶道具の茶筅(ちゃせん)を用いたといわれています。

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問:江戸時代に上林家が担っていた、宇治の茶師を統括する役目はなんというでしょうか?

[茶代官] [茶奉行]
[茶頭取] [茶老中]


答:茶頭取

上林家は、茶師全体を束ねる役割を負う「茶頭取(ちゃとうどり)」の職務を担っていました。将軍家の御茶御用の際には、上林家の指揮のもとに宇治の茶師たちが総力をあげてお茶の準備を整えました。
104:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:19:11

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問:宇治・上林記念館にいまも残る、かつての茶師の屋敷の趣を残す建築物は何でしょうか?

[平屋門] [大屋門]
[長屋門] [母屋門]


答:長屋門

宇治・上林記念館に今も残っている長屋門とは、茶師の屋敷の代表的な門がまえです。この長屋門は、元禄11年(1698年)の宇治の大火で焼失した後に再建されたもので、約300年たった今も、当時の茶師の屋敷の趣を伝える、現存する唯一の歴史的記念物として保存されています。

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問:幕末期、長崎で生まれ、お茶の貿易で成功した女性はどれでしょうか?

[江良加代] [楢崎龍]
[大浦慶] [陸奥亮子]


答:大浦慶

大浦慶は、江戸期の鎖国政策の中、唯一開港していた長崎で生まれました。家業の商家を継いだ慶は、安政3年(1856年)、イギリスの商人から巨額のお茶の発注を受け、慶はこれに対して、お茶を九州一円の茶産地をまわって集め、輸出しました。このようにして日本茶の輸出貿易で成功を収めた慶は一躍有名になりました。また、坂本龍馬や大隈重信といった維新志士たちとも、親交が深かったと言われています。

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問:明治時代、お茶の輸出拠点として指定された静岡の港はどれでしょうか?

[清水港] [焼津港]
[伊東港] [熱海港]


答:清水港

静岡の清水港は、明治32年(1899年)に、外国との貿易に使用される港に指定されました。清水には、お茶の貿易を行う外国商社の拠点が数多く置かれるようになり、お茶の主要輸出港として栄えます。清水港がお茶の輸出拠点となったことにより、静岡でのお茶産業も発展し、お茶生産の中心地が宇治から静岡に移ることになります。
105:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:20:44

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問:綾鷹で使用する茶葉の選定などに協力している「上林春松本店」が創業したのは何時代でしょうか?

[奈良時代] [鎌倉時代]
[室町時代] [江戸時代]


答:室町時代

上林春松本店は、足利将軍時代の永禄年間に創業し、約450年の歴史を誇る宇治の老舗茶舗です。足利義満が宇治に宇治七茗園と呼ばれる茶園を開いた頃から将軍家の手厚い庇護を受けていました。その後も秀吉、家康といった権力者に愛され、宇治の有力茶師として日本のお茶文化を支えてきました。

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問:お茶の輸出が積極的に行われるきっかけになった、嘉永6年(1853年)の出来事は何でしょうか?

[江戸のお濱屋敷で、初めて電信機の見学] [ペリーが大統領の国書を持って日本に向け出航]
[ジョン万次郎の帰国] [黒船来航]


答:黒船来航

嘉永6年(1853年)、ペリー長官が率いるアメリカ東インド艦隊が浦賀に来航しました。その5年後の安政5年(1858年)には、日本はアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダと通商条約である「安政五カ国条約」を結びました。翌年の安政6年(1859年)から、日本のお茶は重要な輸出品として海を渡り、世界に広がっていきました。

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問:寛永10年(1633年)頃から毎年行われるようになった、抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)を宇治から江戸に運ぶ行列は何でしょうか?

[大名行列] [宇治茶使行列]
[茶壷遣江戸使] [御茶壷道中]


答:御茶壷道中

御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)とは、幕府が朝廷に献上するためのお茶や将軍家が使用するためのお茶を、宇治から取り寄せる際に行われた行列のことです。宇治の有力茶師として将軍家から厚い信頼を得ていた上林家は、その御茶壷道中を取り仕切る重要な役割である、茶頭取(ちゃとうどり)に任命されていました。
106:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:22:02

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問:江戸時代、新茶の時期に宇治から江戸へ茶葉を運ぶ「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」を制度化した、三代将軍徳川家光の肖像画はどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:壱

政治の中心が京都から江戸へ移ってからも、徳川家康は宇治のお茶を好んでいたと言われています。徳川将軍家が使用するお茶を宇治から運ぶ使者を「宇治採茶使(うじさいちゃし)」といい、宇治採茶使が初めて宇治に派遣されたのは元和年間でした。その後、宇治から江戸へとお茶を運ぶ行列は、三代将軍徳川家光によって制度化され、上林家を筆頭とする宇治御茶師たちが作ったお茶が、毎年宇治から江戸に運ばれるようになりました。これが「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」のはじまりです。

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※類似問題
問:茶師が仕入れた荒茶を加工し、それぞれの茶葉の特徴をうまく生かして組み合わせる技術を何というでしょうか?

[押槽(おしぶね)] [火入れ]
[合組(ごうぐみ)] [仕分け]


答:合組(ごうぐみ)

茶師が茶葉をブレンドする技術を「合組(ごうぐみ)」といいます。綾鷹は、創業四百五十年の歴史を誇る上林春松本店の「合組」技術にもとづき、吟味された茶葉と抹茶を贅沢に使用しています。

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問:綾鷹の「急須でいれたような味わい」を実現するために、使用されている素材はどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:壱

綾鷹には、上林春松本店が厳選し、綾鷹のために特別に挽いた青く爽やかな香りの抹茶と、宇治抹茶を贅沢に使用しています。創業450年の上林春松本店の伝統と磨き抜かれた技術にもとづいた綾鷹独自の製法で、急須でいれた緑茶のような味わいを実現しています。
107:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:23:35

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※類似問題
問:急須でいれたような本格的な味わいを楽しんでいただくために、コカ・コーラ社が推奨している綾鷹の飲み方はどれでしょうか?

[常温で飲む] [30分ほど空気に触れさせてから飲む]
[振らずにそのまま飲む] [振ってから飲む]


答:振ってから飲む

綾鷹の味わいをより楽しんでいただくために、飲む前にペットボトルを振ってからお飲みいただくことを推奨しています。振ることで、にごりのもとである抹茶がひろがり、緑茶本来のふくよかな旨み・香りをお楽しみいただけます。綾鷹の作法のページもご覧下さい。

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問:「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」で取引されていたお茶は大変貴重なものでした。当時、お茶壷ひとつがどれくらいの価値だったと言われているでしょうか?

[小判1枚] [小判5枚]
[大判1枚] [大判5枚]


答:大判1枚

江戸時代、宇治茶はたいへん貴重なものであり、御茶壷道中で運ばれていた茶壷の中には、一壷で大判1枚の価値に相当するものもあったと伝えられています。壷にはまず、緩衝材としての碾茶(てんちゃ)が敷き詰められ、その中に将軍家が使用する碾茶(てんちゃ)を、半袋(はんたい)と呼ばれる白い袋に詰めて入れました。そして茶壷の蓋の裏に、その茶壷に収められている茶葉の銘柄や分量を記した「入り日記」を貼り付け、厳重に封をされたと伝えられています。

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問:明治10年(1877年)に、上林春松家は海外の博覧会に宇治茶を出品しましたが、それはどこで開かれものだったでしょうか?

[パリ] [ローマ]
[ニューヨーク] [フィラデルフィア]


答:フィラデルフィア

明治10年(1877年)に、アメリカのフィラデルフィアで開かれた博覧会に、上林春松家は宇治茶を出品しました。その極めて高い品質により、博覧会の総裁から褒賞を得ています。
108:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:24:52

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問:TVCM「綾鷹 茶葉認定式篇」にも登場する、茶師が茶葉を審査する際に茶葉を乗せる「拝見盆(はいけんぼん)」はどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:弐

「拝見盆」とは茶葉を審査する際に使用する黒いお盆の呼称です。茶葉を確認する際に、茶葉ごとの色のちがいを見極めるため、黒いお盆が使われます。

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※類似問題
問:綾鷹は、どのような味わいの緑茶を目指して開発されたでしょうか?

[玉露の甘くやさしい味わい] [急須でいれた緑茶のような本格的な味わい]
[ほうじの香ばしい香味とやわらかな味わい] [茶筅でたてたようなクリーミーな味わい]


答:急須でいれた緑茶のような本格的な味わい

綾鷹は、これまでのペットボトル入りのお茶にはない急須でいれた緑茶のような本格的な味わいを目指し、宇治の老舗茶舗「上林春松本店」の協力を得て開発されました。

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問:明治初期、日本の主な輸出品目は、「生糸」と、何だったでしょうか?

[綿織物] [海産物]
[煙草] [緑茶]


答:緑茶

明治初期の日本の輸出総額のうち、約6割を生糸、次いで約2割を緑茶が占めていました。幕末から明治にかけて、輸出産業が盛んになると、世界に向けて日本のお茶は広がっていきました。
109:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:26:07

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問:綾鷹で使用する茶葉の選定などに協力している「上林春松本店」では、「上林春松」の名を代々引き継ぎ、宇治の茶文化を守り続けています。では、現在の上林春松氏は何代目でしょうか?

[第十二代] [第十四代]
[第十六代] [第十八代]


答:第十四代

現在の上林春松本店の会長である上林春松氏は、室町時代の創業から数え、第十四代目にあたります。「上林春松」という名前は、創業から450年のあいだ、代々の子孫に引き継がれています。

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問:明治期、日本の緑茶が輸出されていたアメリカでは、日本と異なった飲み方が一般的だったと言われていますが、それは次の飲み方のどれでしょうか?

[アルコールと割って飲む] [ミルクや砂糖をまぜて飲む]
[珈琲とまぜて飲む] [紅茶とまぜて飲む]


答:ミルクや砂糖をまぜて飲む

アメリカでは、コーヒーや紅茶と同じように、煎茶にミルクや砂糖を混ぜて飲むことが一般的だったと言われています。お茶本来の味や香りを楽しむ日本の飲用法とは、かなり異なるものだったようです。

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問:江戸時代、新茶の時期に宇治から江戸へ茶葉を運ぶ「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」の、総責任者である「茶頭取(ちゃとうどり)」に任命されていた茶師の家の名前は?

[上林家] [山本家]
[森家] [堀井家]


答:上林家

上林家は、幕府に仕える最高位の茶師「御物御茶師(ごもつおちゃし)」でした。上林家は、将軍家が使用するためのお茶を、宇治から江戸へと運ぶ「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」の総責任者である「茶頭取(ちゃとうどり)」として、権威ある御茶壷道中を取り仕切っていました。
110:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:27:46

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)

問:2012年現在販売されている、綾鷹のパッケージデザインに用いられているイラストはどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:弐

現在の綾鷹のパッケージデザインには、青い急須のモチーフをあしらっています。綾鷹のもつ、「急須でいれた緑茶のような本格的な味わい」という特長を象徴しています。

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問:2007年の綾鷹発売当初用いられていた、綾鷹の為に特別に作られたボトルのモチーフとなったのはどれでしょうか?

[壱] [弐]
[参] [四]


答:壱

発売当初の綾鷹のボトルは、モダンジャパンというコンセプトを表現するため、綾鷹のために特別にデザインした「切り子ボトル」を採用しました。この切り子ボトルは、和の伝統的なモチーフである「切り子グラス」からヒントを得たもので、綾鷹の特長である「にごり」を印象的に見せることも考えられたボトルでした。

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問:江戸時代後期(天保年間)、第十代上林春松が密かに作っていた、覆下(おおいした)栽培で作られた碾茶(てんちゃ)用の茶葉を、煎茶の製法によって仕上げたお茶の名前は何でしょうか?

[「綾鷹」] [「初音」]
[「祖母昔]」 [「瑞茗」]


答:「綾鷹」

「綾鷹」は、覆下栽培で作られた碾茶用の茶葉を、煎茶の製法を用いて仕上げたもので、江戸時代後期、第十代上林春松が開発しました。それを十一代上林春松が一般の市民向けに製造・販売したと伝えられています。
111:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:28:52

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問:幕末から明治にかけての侠客として知られる、静岡の清水港の発展に寄与した人物は誰でしょうか?

[相模屋政五郎] [国定忠治]
[日柳燕石] [清水次郎長]


答:清水次郎長

清水次郎長は、幕末・明治の侠客(きょうかく)として知られる人物ですが、清水港から海外に向けて茶の販路拡大を提案するなどして、清水港の発展に寄与しました。また富士裾野の荒野を開墾する事業をおこし、茶園の造成も手がけました。

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※類似問題
問:急須でいれた緑茶のようなにごりのある水色(すいしょく)とふくよかな旨みを作り出すために、「綾鷹」で使われているのはどれでしょうか?

[にがり] [番茶]
[抹茶] [玉露]


答:抹茶

急須でいれた緑茶のような、にごりのある水色は、綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、独自の製法によって再現されています。やさしく、ゆっくりと振ることで、にごりのもとである抹茶が広がり、抹茶本来のふくよかな旨味・香りを楽しむことができます。


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※類似問題
問:「綾鷹」という名前には、どのような意味が込められているでしょうか?

[貴重な茶葉を織り込んだ] [鷹のような形の茶葉を編んだ]
[鷹のように力強い味わい] [他の追随を許さない]


答:貴重な茶葉を織り込んだ

「綾鷹」という名前は、上質な茶葉を「織り込む」という意味の「綾」と「貴重な茶葉」という意味の「鷹」を組み合わせ、厳選された上質な茶葉を心を込めて丹念に仕上げたお茶であることを意味しています。
112:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:29:54

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問:明治後期、日本からの緑茶の輸出量は約2万トンに達していましたが、これは当時の日本国内のお茶の生産量の約何割に相当したでしょうか?

[約6割] [約3割]
[約8割] [約1割]


答:約6割

緑茶の輸出量約2万トンは、明治後期の日本国内の緑茶の生産量の実に約6割に相当しました。日本の重要な輸出品となった緑茶ですが、茶価の高騰などから大正10年(1921年)には、お茶の輸出量はピーク時の約4分の1に激減してしまいます。その輸出に代わり伸びていったのが、緑茶の国内消費でした。

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問:宇治から江戸に茶葉を運ぶ「御茶壺道中(おちゃつぼどうちゅう)」の様子を歌ったといわれているわらべ歌は、どれでしょうか?

[通りゃんせ] [かごめかごめ]
[ずいずいずっころばし] [はないちもんめ]


答:ずいずいずっころばし

「ずいずいずっころばし」は、御茶壺道中の様子を歌ったわらべ歌です。「茶壺に追われてトッ(戸を)ピンシャン、抜けたら(通過したら)ドンドコショ(やれやれ、と息をつく)」と歌われているように、庶民は御茶壷道中を顔をあげて見ることすら許されず、通りすぎるのを恐る恐る息を潜めて待っていたようです。当時の庶民が、いかに御茶壺道中に対して畏怖の念を抱いていたかを読み取ることができます。

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問:明治期、海外に輸出されていた緑茶の、主な輸出先はどこの国だったでしょうか?

[アメリカ] [中国]
[オランダ] [フィリピン]


答:アメリカ

アメリカは、明治期における日本の緑茶の最大の輸出先でした。特に太平洋岸のカリフォルニア州や中西部のノースダコタ州などで日本の緑茶が好まれたと言われています。
113:lina :

2013/07/01 (Mon) 21:30:51

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問:寛永10年(1633年)頃から毎年行われるようになった「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」は、その後、何年まで行われていたでしょうか?

[元禄11年(1698年)] [元禄15年(1702年)]
[慶応2年(1866年)] [慶応6年(1870年)]


答:慶応2年(1866年)

徳川幕府三代将軍、徳川家光の時代に制定された御茶壺道中は、その後慶応2年(1866年)まで続きました。それは明治維新(明治元年)のわずか2年前のことでした。実に240年ものあいだ、上林家は茶頭取として御茶壺道中を取り仕切ったのです。

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問:明治39年(1906年)、ニューヨークで出版された、岡倉天心が書いた本の名前は何だったでしょうか?

[The Autobiography of Tenshin] [The Book of Japan]
[The Book of Tea] [The Book of Arts]


答:The Book of Tea

岡倉天心が日本のお茶文化についてまとめた、「The Book of Tea」は、明治39年(1906年)にニューヨークで出版されました。刊行された時期は、日露戦争の日本の勝利もあり、世界の日本に対する評価と関心が高まっていました。日本の茶道の歴史やお茶の文化などについて記されており、海外の人たちに日本の茶の魅力を伝える一冊になりました。

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※類似問題
問:朝廷に献上するお茶や幕府に奉納するお茶を調達する「御茶師三仲ケ間(おちゃしさんなかま)」の茶園でのみ認められていた茶の栽培方法は何でしょうか?

[少水栽培] [接木栽培]
[露天栽培] [覆下(おおいした)栽培]


答:覆下(おおいした)栽培

覆下(おおいした)栽培は、生育中の茶葉に覆いをし、日光を遮ることで、旨みのある茶葉を作り出す栽培方法で、朝廷に献上するお茶や幕府に奉納するお茶を調達する、上林家をはじめとする御茶師三仲ヶ間の茶園でのみ許されていたものでした。しかし元禄11年(1698年)の宇治の大火で、優良な茶園や製茶のための諸施設が深刻な被害を受けたことにより、徐々に近在の農民にもその栽培方法が認められるようになっていきました。
114:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:06:44

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)
※今まで出題された問題や解説と比べて、ほんの一部が違う問題も載せておきました
▲江尻宿~大津宿
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問:宇治・上林記念館に残る、この門の名前は何でしょうか?

http://c.cocacola.co.jp/ayataka/siken/assets/img/siken/quiz/5-20.jpg

[平屋門] [長屋門]
[建礼門] [清所門]


答:長屋門

宇治・上林記念館に今も残っている長屋門は、茶師の屋敷の代表的な門がまえです。この長屋門は、元禄11年(1698年)の宇治の大火で焼失した後に再建されたもので、約300年たった今も、当時の茶師の屋敷の趣を伝える、現存する唯一の歴史的記念物として保存されています。

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問:宇治・上林記念館に保管されているこの像で描かれている上林家の祖先は、誰でしょうか?

http://c.cocacola.co.jp/ayataka/siken/assets/img/siken/quiz/5-21.jpg

[上林春松] [上林政信]
[上林久茂] [上林竹庵]


答:上林竹庵

初代上林春松の弟にあたる上林竹庵(ちくあん)は、仕官の道を選び徳川家康に仕えた後、茶道を志し利休から茶の湯を学びました。しかし慶長5年(1600年)の「伏見の戦い」で、旧主・家康の恩に報いるべく、茶筅(ちゃせん)を旗印にして出陣。伏見城で討死しました。

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※類似問題
問:綾鷹は、どのような味わいの緑茶を目指して開発されたでしょうか?

[玉露の甘くやさしい味わい] [ほうじの香ばしい香味とやわらかな味わい]
[急須でいれた緑茶のような本格的な味わい] [茶筅でたてたようなクリーミーな味わい]


答:急須でいれた緑茶のような本格的な味わい

綾鷹は、これまでのペットボトル入りのお茶にはない急須でいれた緑茶のような本格的な味わいを目指し、宇治の老舗茶舗「上林春松本店」の協力を得て開発されました。
115:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:09:53

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▲江尻宿~大津宿
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問:完成品のお茶に仕上げる前の原料となる茶葉のことをなんと呼ぶでしょうか。

[碾茶(てんちゃ)] [途中茶]
[荒茶] [廃茶]


答:荒茶

荒茶とは、茶園から摘み取った生の茶葉を、製茶工場で揉みながら乾燥したもので、緑茶の原料となるものです。この一次加工の工程を経て出来上がった「荒茶」は、茶葉の形状などが不揃いで、製品としては未完成の状態です。その後、茶問屋や茶師などがこの荒茶を購入し、「火入れ」「合組」といった仕上げの工程を行い、最終製品に仕上げています。

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問:永禄年間に創業された上林春松本店は、現在、創業何年でしょうか?

[約100年] [約300年]
[約450年] [約500年]


答:約450年

上林春松本店は、初代上林春松により、今から約450年前の永禄年間に創業されました。創業以来、伝統を重んじながらもそれだけにとらわれる事なく、時代の流れに適応して柔軟に発想し、その時代に適した新たな価値を提供し続けています。

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問:綾鷹の「急須でいれたような本格的な味わい」を実現するために、コカ・コーラ社が開発の協力を依頼した宇治の老舗茶舗はどれでしょうか?

[上林春松本店] [上林秋松本店]
[上林春竹本店] [上林秋竹本店]


答:上林春松本店

上林春松本店は、創業約450年の歴史を誇る宇治の老舗茶舗であり、宇治茶ひいては日本の茶文化の伝統を支えてきました。伝統を重んじつつも時代に合わせた新たな価値を人々に提供し、日本の茶文化の発展に寄与しています。
116:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:12:21

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▲江尻宿~大津宿
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問:茶師などが、さまざまな茶葉の特徴をうまく生かしながら茶葉を組み合わせる、煎茶の仕上げ工程を何というでしょうか?

[合組] [中上げ]
[旁魄(ほうはく)] [茶組]


答:合組

「合組(ごうぐみ)」は、お茶の最終的な味わいを決める大切な工程です。茶師などが「合組」を行う場合、磨き抜かれた技と長年の経験を生かし、さまざまな茶葉の特徴をうまく生かしながら茶葉を組み合わせて、品質や味、香り、色などを整え、美味しいお茶に仕上げています。

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※類似問題
問:徳川家康が贈った茶銘で、上林家にのみ使用が許されている「祖母昔」の読み方は?

[ばばむかし] [そぼむかし]
[そぼしゃく] [ばばせき]


答:ばばむかし

徳川家康が上林家に贈った茶銘「祖母昔(ばばむかし)」は、上林家だけに使用が許された、由緒ある茶銘です。400年以上経った今も、大切に守り伝えられており、上林春松本店にはその名を冠した抹茶が今も残っています。

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※類似問題
問:江戸時代後期(天保年間)に第十代上林春松が密かに作っていた、覆下(おおいした)栽培で作られた碾茶(てんちゃ:抹茶のもととなる茶葉)用の茶葉を、煎茶の製法によって仕上げたお茶の名前は何でしょうか?

[「祖母昔」] [「初音」]
[「綾鷹」] [「瑞茗」]


答:「綾鷹」

「綾鷹」は、覆下栽培で作られた碾茶用の茶葉を、煎茶の製法を用いて仕上げたもので、江戸時代後期、第十代上林春松が開発しました。それを十一代上林春松が一般の市民向けに製造・販売したと伝えられています。
117:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:14:36

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▲江尻宿~大津宿
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問:緑茶や紅茶の原料となるチャの樹の学名はなんというでしょうか?

[カメリア・ジャポニカ] [カメリア・サピエンス]
[カメリア・ルスティカナ] [カメリア・シネンシス]


答:カメリア・シネンシス

緑茶や紅茶の原料となるチャの樹は、カメリア・シネンシスといいます。これは、ツバキ科ツバキ属の永年性常緑種で、アッサム種と中国種に分類されます。中国種は葉が小さい潅木で寒さに強いのが特徴であり、主に緑茶の原料となります。紅茶には、葉が大きい喬木のアッサム種が主に使われています。

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※類似問題
問:寛永10年(1633年)頃から毎年行われるようになった、抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)を宇治から江戸に運ぶ行列は何でしょうか?

[大名行列] [茶壷遣江戸使]
[宇治茶使行列] [御茶壷道中]


答:御茶壷道中

御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)とは、幕府が朝廷に献上するためのお茶や将軍家が使用するためのお茶を、宇治から取り寄せる際に行われた行列のことです。宇治の有力茶師として将軍家から厚い信頼を得ていた上林家は、その御茶壷道中を取り仕切る重要な役割である、茶頭取(ちゃとうどり)に任命されていました。

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※類似問題
問:宇治から江戸に茶葉を運ぶ「御茶壺道中(おちゃつぼどうちゅう)」の様子を歌ったといわれているわらべ歌は、どれでしょうか?

[ずいずいずっころばし] [通りゃんせ]
[かごめかごめ] [はないちもんめ]


答:ずいずいずっころばし

「ずいずいずっころばし」は、御茶壺道中の様子を歌ったといわれるわらべ歌です。「茶壺に追われてトッ(戸を)ピンシャン、抜けたら(通過したら)ドンドコショ(やれやれ、と息をつく)」と歌われているように、庶民は御茶壷道中を顔をあげて見ることすら許されず、通りすぎるのを恐る恐る息を潜めて待っていたようです。当時の庶民が、いかに御茶壺道中に対して畏怖の念を抱いていたかを読み取ることができます。
118:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:16:33

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日本全国綾鷹WEB試験(2013年版)
▲江尻宿~大津宿
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※類似問題
問:綾鷹のパッケージに記載されている、綾鷹の製品特徴を表すコピーはどれでしょうか?

[土づくりからこだわった、あまく健康な茶葉] [本格的な、まろやかな味わい]
[鷹のように力強い味わい] [急須でいれたような、にごりの旨み]


答:急須でいれたような、にごりの旨み

綾鷹のパッケージには、味わいの特徴を表す「急須でいれたような、にごりの旨み」というコピーが書かれています。上林春松本店が吟味した茶葉と、綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、にごりを生み出す独自の製法で、急須でいれたような本格的な味わいを実現しています。是非お試しください。

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※類似問題
問:急須でいれたような味わいを楽しんでいただくためにコカ・コーラ社が推奨している綾鷹の飲み方はどれでしょうか?

[振ってから飲む] [振らずにそのまま飲む]
[常温で飲む] [30分ほど空気に触れさせてから飲む]


答:振ってから飲む
綾鷹の味わいをより楽しんでいただくために、飲む前にペットボトルを振ってからお飲みいただくことを推奨しています。振ることで、にごりのもとである抹茶がひろがり、緑茶本来のふくよかな旨み・香りをお楽しみいただけます。綾鷹の作法のページもご覧下さい。

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※類似問題
問:「綾鷹」という名前には、どんな意味が込められているでしょうか?

[鷹のような形の茶葉を編んだ] [他の追随を許さない]
[鷹のように力強い味わい] [貴重な茶葉を織り込んだ]


答:貴重な茶葉を織り込んだ

「綾鷹」という名前は、上質な茶葉を「織り込む」という意味の「綾」と「貴重な茶葉」という意味の「鷹」を組み合わせることで、厳選された上質な茶葉を心を込めて丹念に仕上げたお茶であることを意味しています。
119:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:18:29

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▲江尻宿~大津宿
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※類似問題
問:上林家に対し、茶葉の茶壷への詰め方がぞんざいであったことを叱咤激励する書状を送った人物はどれでしょうか?

http://c.cocacola.co.jp/ayataka/siken/assets/img/siken/quiz/5-16.jpg

[壱] [弐]
[参] [四]


答:弐

お茶を愛好していた秀吉は、宇治の有力茶師であった上林家を重用しました。宇治・上林記念館には、秀吉から上林家に送られた書状がいまも残されています。その書状の中で秀吉は、「上林家から届いた茶壷の口封がぞんざいだった」と厳しくたしなめたうえで、「上林の茶葉は良いものなのだから」という激励の言葉を添えています。

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問:生育途中に茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)などで覆って日光を遮る「覆下(おおいした)栽培」で作られた茶葉特有の香りを何というでしょうか?

[焙じ香] [覆い香(おおいか)]
[培養香] [影香]


答:覆い香(おおいか)

「覆下栽培」で作られた茶葉特有の香りを「覆い香(おおいか)」といいます。「覆下栽培」で作られた茶葉は、この「覆い香」と呼ばれる芳醇な香りとふくよかな旨味が特徴で、玉露や抹茶の原料として使用されます。

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問:緑茶に代表される、摘み取った茶葉をできるだけ早く加熱して酵素の働きを止めたお茶は何と呼ばれるでしょうか?

[不発酵茶] [発酵茶]
[止発酵茶] [未発酵茶]


答:不発酵茶

「不発酵茶」とは、摘み取った茶葉をできるだけ早く加熱し、酵素の働きを止めたお茶です。茶葉を摘み取った後、できるだけ早い段階で加熱をするため、摘み取った茶葉と同じような美しい緑色のお茶になります。
120:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:20:36

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問:現在、上林春松本店の会長を務めている上林春松氏は何代目でしょうか?

[第十四代] [第十三代]
[第十一代] [第十二代]


答:第十四代

現在の上林春松本店の会長である上林春松氏は、室町時代の創業から数え、第十四代目にあたります。「上林春松」という名前は、創業から約450年のあいだ、代々の子孫に引き継がれています。

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問:抹茶のもととなる茶葉はどれでしょうか?

[茎茶] [粉茶]
[甜茶] [碾茶(てんちゃ)]


答:碾茶(てんちゃ)

抹茶のもととなる茶葉は碾茶(てんちゃ)といいます。碾茶は、生育途中に茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)などで覆って日光を遮る「覆下(おおいした)栽培」で育てられます。碾茶を石臼で少量ずつ挽くと、美しい色を持つ、風味豊かな味わいの抹茶が出来上がります。


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問:この黒い皿の名前はなんでしょうか?

http://c.cocacola.co.jp/ayataka/siken/assets/img/siken/quiz/5-23.jpg

[茶皿] [点前盆]
[拝見盆] [盛皿]


答:拝見盆

拝見盆とは、茶葉を吟味する際に使用する黒いお盆の呼称です。茶葉の外観を審査する際に、茶葉そのものの形状や色沢を見極めるために、黒いお盆が使われます。
121:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:22:49

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問:緑茶の旨みのもとを多く含む「にごり」を実現するために、綾鷹ではどのような工夫がされているでしょうか?

[綾鷹のために特別に焙煎した深蒸し茶を使用] [綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用]
[綾鷹のために選定した特別なムクの皮を使用] [にごりのある特別なミネラルウォーターを使用]


答:綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用

綾鷹の「急須でいれたような本格的な味わい」を生み出すためのこだわりのひとつに「にごり」があります。綾鷹のために特別に挽いた抹茶を使用し、綾鷹独自の製法を駆使してこのにごりを実現しました。

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※類似問題
問:茶師が、仕入れた荒茶を加工し、それぞれの茶葉の特徴をうまく生かして組み合わせる技術を何というでしょうか?

[仕分け] [押槽(おしぶね)]
[火入れ] [合組(ごうぐみ)]


答:合組(ごうぐみ)

茶師が茶葉をブレンドする技術を「合組(ごうぐみ)」といいます。綾鷹は、創業約450年の歴史を誇る上林春松本店の「合組」技術にもとづき、吟味された茶葉と抹茶を贅沢に使用しています。

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問:「覆下(おおいした)栽培」で育てた茶葉から作られるお茶はどれでしょうか?

[煎茶] [玉露]
[ほうじ茶] [川柳]


答:玉露

玉露は、生育途中の茶樹を藁(わら)束や莚(むしろ)などで覆って日光を遮る「覆下(おおいした)栽培」で育てた茶葉の新芽だけを使って作られます。独特のとろりとした飲み口と芳醇な香り、ほどよい甘味が楽しめます。
122:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:24:46

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▲江尻宿~大津宿
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問:現在販売されている、綾鷹のパッケージデザインはどれでしょうか?

http://c.cocacola.co.jp/ayataka/siken/assets/img/siken/quiz/2-5.jpg

[壱] [弐]
[参] [四]


答:弐

現在のパッケージデザインは、「急須でいれたような本格的な味わい」を伝達するために、青い急須のイラストをあしらっています。また、にごりのあるふくよかな味わいであることを伝えるために、緑色のグラデーションをほどこしており、綾鷹の製品特徴を訴求するデザインとなっています。

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問:安政5年(1858年)頃に茶業を引き継いだ第十一代上林春松が新たに販売した、後の玉露の一種となるお茶の銘は何でしょうか?

[祖母昔] [瑞茗]
[綾鷹] [初音]


答:綾鷹

茶道が一部の階層の嗜みであった江戸時代後期に、第十一代上林春松が一般の市民向けに販売した当時の新製品の緑茶(後の玉露の一種)の名前が「綾鷹」でした。

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問:京都・宇治にある上林春松本店の先祖伝来の重宝を納めた施設は何というでしょうか?

[宇治・上林記念館] [宇治・上林博物館]
[宇治・上林記念公園] [宇治・上林春松館]


答:宇治・上林記念館

宇治・上林記念館には、約450年の上林家の歴史を物語る、祖先伝来の重宝が収められています。上林家が幕府や大名家に茶を運んだ茶壷の数々や、豊臣秀吉・古田織部・小堀遠州らが上林家に宛てた書状などの貴重な品々が、今も大切に保存・展示されています。
123:lina :

2013/08/03 (Sat) 15:26:55

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▲江尻宿~大津宿
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※類似問題
現在販売されている、綾鷹のパッケージデザインに用いられているイラストはどれでしょうか?

http://c.cocacola.co.jp/ayataka/siken/assets/img/siken/quiz/4-27.jpg

[壱] [弐]
[参] [四]




現在の綾鷹のパッケージデザインには、青い急須のイラストをあしらっています。綾鷹のもつ、「急須でいれたような本格的な味わい」という特徴を象徴しています。

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※類似問題
問:綾鷹の「急須でいれたような味わい」を実現するために、使用されている素材はどれでしょうか?

http://c.cocacola.co.jp/ayataka/siken/assets/img/siken/quiz/4-26.jpg

[壱] [弐]
[参] [四]


答:壱

綾鷹には、上林春松本店が厳選し、綾鷹のために特別に挽いた青く爽やかな香りの抹茶と、宇治抹茶を贅沢に使用しています。創業約450年の上林春松本店の伝統と磨き抜かれた技術にもとづいた綾鷹独自の製法で、急須でいれた緑茶のような味わいを実現しています。

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※類似問題
問:「上林春松本店」の正しい読み方はどれでしょうか?

[かみばやししゅんしょうほんてん] [かんばやしはるまつほんてん]
[かんばやししゅんしょうほんてん] [じょうりんしゅんしょうほんてん]


答:かんばやししゅんしょうほんてん

上林春松本店は、創業約450年の歴史を誇る宇治の老舗茶舗です。徳川家康や豊臣秀吉ともゆかりが深く、歴代の将軍などに重用されました。
124:通りすがり :

2013/12/04 (Wed) 15:39:26

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お茶壷道中7周目にはいった。

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